小林先生万歳

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いそがしい一週間だった。
アマチュア大学オケの合宿、芸大バッハカンタータクラブ創立35周年記念演奏会の準備と本番。東京佼成ウインドのレコーディングとDVD録画。そして今日、芸大のお祭り、芸祭の初日の乗り番を終えて、家に戻ったら目眩がした。
明日は友達の演奏会を聞きにいき、帰ったらゆっくり休むつもりだ。

9月3日、芸劇で芸大バッハカンタータクラブ創立35周年記念演奏会があった。私は1年近く前からその実行委員会の副委員長として毎月の役員会でお手伝いをさせて頂き、当日はステージマネージャーという重責を担わせて頂いた。非常に光栄な仕事であった。

この演奏会をもって、我々の音楽の、いや人生の師ともいうべき小林先生は指揮活動から引退されることになっている(正確には来年の静岡でのマタイが最後)。「どうして!」「なぜ!」「もったいない」というのが偽らざる心境だ。まだまだお元気で、指揮を通して我々に伝えて下さる音楽は、ますます深淵、さらに雄大にして、バッハの神髄に迫るものがあった。
その一つの頂点にいるかたが、もう出来ない、とおっしゃる。先生らしいと言うか、まさに絵に描いたような潔さ、「誠実」「謙虚」のお方であると感じる。

我々はいつでも慰留に努めてきたし、これからも40周年、45周年と先生の指揮で音楽をやりたい気持ちは山のようにあるが、あれだけの方が、自ら、やめる。とおっしゃったことの重さを感じている。

当日、ステマネは舞台袖で待機をしていなければいけないので、舞台上での細かいニュアンスまではわからないが、音楽的に無意味な瞬間が限りなく少ない有機的演奏、先生や、我々カンタータクラブの目指すものに近い演奏だったのではないだろうか。演奏の皆さんの先生の少しのサインも見逃すまいという必死の表情が印象的だった。

カーテンコール最後に、先生を、舞台へ「お願いします」送り出す時、感無量。
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# by francesco-leica | 2005-09-09 19:35 | 日記 | Comments(0)

カンタータ合宿

大学に入った4月から、東京芸術大学バッハカンタータクラブに在籍している。
ここで勉強させてもらったこと、経験した事は、その他の、大学での経験すべてを足しても足らないほどの有意義なものだった。
素晴しい仲間と、週に1度集まってアンサンブルの訓練をし、小林道夫先生からはさまざまな貴重な事を教わった。
一言では書き尽くせない素晴しい時間を過ごさせてもらった。

夏の最後のイベントにクラブの日光での合宿と演奏会に参加した。

いつもながらカンタータの仲間と過ごす時間は最高に楽しい。そして、濃い・・・
私はすでにかなりの「長老」とも言えるが、まだまだ先輩もいれば、同年代の仲間も頑張っている。
一緒に飯を食い、温泉に入り、酒盛りもある。そして音楽。

この日光での演奏会はもう10数年は続く年中行事となっているが、その会場が素晴しい。
有名な神橋から奥日光への道を数百mのぼった所に、大正年代に建築された日本聖公会の教会、「真光教会」がある。石造りの趣のある建物だ。
残響はさほどないが、出たそのままのナチュラルな音がする。外の音が丸聞こえなのは愛嬌だ。

思い出深いのが、数年前のこの教会での演奏会。演奏の途中で外がすごい夕立になったとたん、「ざーっ!」
というのすごい音で楽音がほとんど聞き取れないほどになってしまったことがあった。

なつかしい・・・しばらく夏合宿はお休みしていたので、数年ぶりの教会。なにも変わっていない。

ここでのさまざまな思い出、友人とのなにげない会話。小林先生の胸を打つ一言一言、思い出される。
みんなの尊敬と敬愛を一身に受けた先生はこの春に指揮を引退され、この場にはいない。やはり時間は過ぎてゆくのだ。

演奏会のお客さんには毎年楽しみにしていてくださる地元の方々の他、たまに観光に来ているドイツ人もいらしたりする。バッハの国の人に聴かれるのはやはり緊張する。発音とかね。
今回、私の出番は少なく、気持ち的には楽だった。カンタータ114番のテノールアリアのオブリガート。「どこへいけばこの悩みの谷から抜け出せるのか?」という苦しい歌だ。最初の苦悩に満ちた、曲線を多用したゆっくりな部分と、「神の御手」に救いを見いだす、活発な後半との対比が鮮やか。やはりバッハはすばらしい。心を込めて吹いた。

私はいつでも、これが人生最後の演奏かも知れない。そう思って吹くように心がかけている。
もちろん、ミスはあったりするのだけれど、明日の朝、(迎えが急に来て)目が覚めない事だってあるかもしれないし、この場のお客さんとはもう、会う機会がないかもしれない。
そう思うと、手抜きは出来ない。
(いつも不真面目なんですけど・・・演奏は、ね、ちゃんとしたいのです。)

なかなかいい演奏だったのではないだろうか?
他の若いメンバーが素晴しかった。指揮者の渡辺君も情熱あふれる颯爽たる指揮ぶり。安心して見ていられた。

さて、徹夜の飲み会を期待していたが、近年ヘルシー志向なのか、4時過ぎにはみんなダウン。先輩は一人元気なんだけどなあ。

練習のない間に旅館のテレビでやった、桃太郎電鉄。(なんとプレステを持参した人がいた!)
永年のライバル、M先輩とよしごんに21年で歴史的大敗。うーむ、「桃鉄の神」の異名をとるワシがここまでやっつけられるとは・・・ショック。

写真は教会のなかでの練習風景。
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# by francesco-leica | 2005-08-30 19:34 | 日記 | Comments(0)

蝶々夫人

半年ぶりにピットの仕事
文化会館での「蝶々夫人」。東京交響楽団。指揮者、歌手はイタリアから呼んで本格的公演。

昔、オペラを見に行っては「一度でいいからこのオケピットという所で吹いてみたい!」
そう思っていた。
黒子のかっこよさ、というのだろうか
目の前にオケがいるのに見えない。そして音だけ聞こえてくる、というのがたまらなく「プロ」っぽく思えた。
団員さん達が、オケだけの演奏会とは少し違うリラックスした様子でピットの自分の席に潜り込み、隣の同僚と軽口でも叩きながら楽器を組み立て、慣れた感じでパート譜をパラパラめくりながら難しい所をちょちょっとさらいながら開演を待つ。お客さんがたまにピットを覗き込みにきては「案外近いのねえ」と驚いたり、知り合いなのだろうか団員さんと一言二言言葉を交わしたり・・・そんな独特の雰囲気をたまらなく素敵に思った。
特にピットの指揮車用譜面台というのはもう憧れの最たるものだった。
周りからスコアを明るく照らすようになっており、それこそ客席から手が届きそうな所に指揮棒とスコアが置いてある。ここが数千の観衆、100人のオケと歌手、合唱を載せた巨艦を操る艦橋なのだ。

実際にピットに入ってみると・・・・
そこは実に狭く、暗く、音響の非常に悪い空間にすぎない。
昔、外から見た印象とはだいぶ違ったところだった。

でも、ちっともがっかりじゃなかった。
指揮者、歌手、そして周りのオケメンバーと堅く結ばれた運命共同体。
昔、オペラの指揮者を船の艦長みたいだと思ったけれど、
このピットの狭い入り口を腰を屈めて入る所といい、一度配置(自分の席)につくと戦闘終了(終演)まで離れられない所といい、指揮者が盛り上げていくドラマを全員が全力で支え、一人のミスが全員の命取りになる所といい、そしてそれ故の緊張、しかも見られていないが故の、匿名性の高い緊張といい、
まさにオペラは藝術の為の戦闘艦なのだ。
その船乗りの一人として暗い、狭いピットで緊張しながら次の出を待つ時、大げさかも知れないが任務を遂行する喜びを感じてしまう。

今回は大好きな「蝶々夫人」
蝶々さん、かわいそうでかわいそうで、そして美しくて演奏しながら泣きそうになる。
ピンカートンってのは本当に酷い奴だね!!

一番好きなのは、3幕も最後に近く、ピンカートンが、自分の不実についに気づき、後悔を込めて歌う、ピンカートン、シャープレス、スズキの三重唱。
指揮者のルイゾッティさんはイタリア超超超熱血漢、練習中、叫ぶ、喚く、歌う、怒鳴る、泣く。すべてある。元気でユーモアがあり、元気一杯で体中音楽の人。この箇所ではいつも「モルトウ゛ィウ゛ラート!エスプレッシーウ゛ォ!テヌート!」と絶叫。
フルートもそれにかぶるのだが、余りに美しくて「終わってほしくない」といつも思う。

プッチーニをはじめに、今回の指揮者もそうだが、本当にイタリア人はすごいなあ。
元気で、霊感にあふれていて、なにか、美的な感覚で超越している所がある。
音楽だけではない。私の好きな靴や服でもそうだ、イタリアものは柔らかい、美しい、そして人間的だ。
(ちょっとルイゾッティさん元気過ぎかも・・・笑)

あとGPと本番を残すのみ。
ベストを尽くします。

写真は練習の合間の打ち合わせ風景。自分の席(2番フルート)からの眺め。

一つ残念なのは日本ではいいオペラの切符が本当に高い!
自分はそのおかげでギャラを頂いているんだから矛盾するけれど、これでは本番に家族よんだらギャラなくなっちゃうよ。
素晴しい公演の、いい席が2万円で聞けるウィーンや向こうの歌劇場ってどういうシステムになっているのだろう?
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# by francesco-leica | 2005-08-04 19:32 | 日記 | Comments(0)

ミサ・ソレムニス

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「心から出て、再び心に達するように」
ベートーヴェンがミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)の総譜の表紙に書いた、音楽史上有名な言葉である。
今日は以前からご一緒させて頂いている、東京クリスマスオラトリオアカデミーの演奏会で、この屈指の大曲、難曲を演奏した。
指揮はバッハカンタータクラブOBの水野克彦さん、ソリストも日本を代表する素晴しい面々。
今回は私がインスペクターをつとめたので、だいぶ前から、コンサートマスターの長岡君と相談して、オケのメンバーもすばらしい仲間を揃えた。
合唱団の皆さんは年配の方が多いが全くそれを感じさせない若々しい、量感のある声。水野さんが常任指揮者になられてからは、発音や、フレーズ感等も会うたびに素晴しくなっている、驚異の合唱団である。今回はたった60人程度で「ミサソレ」をやるという、その熱意にも感動。

実は準備の段階から結構大変だった。
我々は絶対最低2日の練習が欲しいと要望。合唱団側は、予算の都合で1日しか取れないという。これはもうお金の問題というより、納得いく演奏がしたい、という音楽家のプライドに関わる問題なので、ついに団長さんに折れて頂く。オケ側も、謝礼に関してはちょっと譲歩して、痛み分け。この辺りは長い間のおつきあいで培われた信頼関係というのだろうか、阿吽の呼吸というやつでこちらの思いは100%伝わった。他にも、急に私が乗れないかも知れない、という事件が起こったり、初日になんとかこぎ着けた。


で今日の演奏会。

とにかく「すごい曲」
正直言って、よくわからん。

ものすごく疲れた。
フルートに高音ばかりというのも疲れる原因だったと思うが。手が全くと言っていいほど抜けない!
別にいつもは手抜きをしているという意味ではない。

どの音にも、どの瞬間にもベートーヴェンの血が通っているのだ。メッセージが込められているのだ。
それをおろそかには出来ない。とにかく必死に吹く。ベートーヴェンが書いたドイツ語の指示。例えば、サンクトゥス(聖なるかな)の「敬虔な気持ちで」や、最後のドナノビスパーチェム(我らに平安を与えたまえ)での「内なる、そして外なる平和を希求して」に今の世界の現状を思って本番中に涙が出そうになった。どの曲も全くもって、その歌詞を完全に音に変換する事に成功している。
ベネディクトゥスでのコンサートマスターの長大なソロは高校からの大切な友人の長岡君が素晴しいもの聞かせてくれた。打ちあげの席でチェロトップの寺井君がそのソロを評し「無心のすばらしさだね」と言っていたが、まさにその通り、無我夢中で奏でる彼の体を通して、我々は違う世界からの音を聞いたのだ。

で、結構間違えたり、多少ずれた所もあって、疲れ果てて終わって、振り返ると、なんだかもう、すごい曲すぎてよく分からなかった。という事。

実は良く似ている曲が、ベートーヴェンの第9交響曲なのだ。
これはよく演奏するし。私は今までに全部のパートを何度もやったけれど、これはもう終わるとへとへとです。
ミサソレムニスと同じように手が全く抜けない。音の意味を噛み締めながら集中して吹くから1楽章でもうお腹いっぱいである。
楽章一つで普通のコンサート1回分の濃さがある。

それが今日はぶっとおし1時間半、しかもよくわかる歌詞付きで。こいつは堪えました。ああ、今はこういう気持ちなんだな、というのが歌詞から分かるので、実際に出てくる音と、自分の気持ちを一体にさせないといけない。作業量が普通の倍はある。


ぜひこれからも演奏していきたい。なんどもなんどもチャレンジして、少しずつ、ベートーヴェンの心に近づきたいと思う。
すばらしい経験が出来た。合唱の方達はわれわれの力演をとても喜んで下さってうれしかったが、もっともっといい演奏をこれからしていきたい。
ただ間違えないとか、縦が合っているとか、一生懸命とか、そんな次元を越えて、名曲を真に生きた姿で表現したい、無心が最上の個性として、作品に奉仕する音楽家でありたいと強く願います。

周りの仲間は本当に素晴しい演奏だった。感謝。
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# by francesco-leica | 2005-07-18 19:29 | 日記 | Comments(0)

TKWOツアー

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ついにやってしまった・・・

東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)北陸東海ツアーに参加した。
初日、3時から金沢でゲネプロの予定で、朝10時半の飛行機にのるため羽田に急ぐ途中、なんと南武線の網棚に燕尾服を置き忘れた。

川崎でおりて京急に乗り換えを急ぐ時、あっ!と手に衣装ケースを持っていない事に気づき、ウサギのように飛んで戻ったが後の祭り、電車は立川に向けて発車するところだった。
よりによって、一番なくなっては困るものを、困る時、困る場所でなくしてしまった・・・・茫然自失。
すぐに駅員さんに事情を話し、途中駅で捜索してもらうもラッシュ時のせいか見つからず。

飛行機にももう間に合わない。本当にもう、がっくりきた。

気を取り直し、オケへの連絡、飛行機の予約キャンセルを携帯電話からする。オケからは、とりあえず黒服で対応して下さい。との由。取りに戻って、飛行機はもうないので陸路を探索。その時点でゲネプロ遅刻決定・・・人生初の大失敗・・・。

ひいこら言いながら金沢県立音楽堂に30分遅刻で到着。須川さんの協奏曲から参加する。
指揮者のボストックさん「コレハチョット、高イデス。私、びーる1杯デイイデス。」皆さん笑っている。平身低頭。

とてもいいホール、隣のホールではアンサンブル金沢が練習中。指揮はBPOの安永徹さんだという。小学生の時、私は安永さんの大ファンで(いまでもですが)東京でやる演奏会すべてに通い、ベルリンにファンレーターを出したりしていた。あの時の少年が、その後、芸大に行って、今、自分のいるとなりのホールでオケに乗っているなんて、知られたらびっくりなさるだろう。あいさつに伺いたいがアン金ははやめに練習が終わってしまった。残念。

翌日は小松、その後、富山、刈谷、名古屋で終了。

TKWOはお客が若い方ばかりなので、こちらもパワーを貰う気がする。ソロになると身を乗り出して、瞬きもせずに聞き入って下さる。こちらもいつも一生懸命だ。
メンバーもみなさん本当に音楽が好きで、素敵な人生を送っている感じ。

私の好きな写真の話をいろんな人と出来るのもうれしい。
そしてなにより一番信頼する名オーボエ奏者、芸高の後輩宮村君がいるのが非常に私には重要だ。
重要イベントは以下の3点。

金沢の靴屋「ココン」に行けた事。いい雰囲気の古い商店街に、すごいこだわりの名店。とくにオリジナルの十分(ジュウブ)仕立てはすごい!土踏まずをぐっと支えてくれて歩きやすい。皮も貴重なドイツボックスカーフですばらしい光沢だ。値段は高いが一生もの。さっそくオーダーを検討中。

富山は移住したいほどの口福にあづかった。
まずは割烹あら川、感じのいい小さなお店。もちろん宮村君の推薦だから良くないはずはないのだが、もう卒倒するおいしさだった。宮村君、クラの亀井さん、コーラングレの藤井君とともに。特に富山産の岩牡蠣は食べてみんな「うーん・・・」絶句。あと、特筆すべきはビールのおいしさ。日本で、ビール園も含めてここほどおいしいビールを飲んだ事がない。銘柄は普通のサッポロ生、まさに注ぐテクニックの違いか。又行きたい。
次の日の、蕎麦屋「丹生庵」も卒倒もの。食通の宮村君曰く「日本一の蕎麦」納得。我々が行くとすでにトロンボーンの萩谷さんが舌鼓をうっていた。

名古屋では指揮者ご指名で、宮村、亀井両氏とファゴット新団員テスト期間中の功刀さんと打ちあげに手羽先屋へ。
指揮者のボストックさんはドイツ語、英語、フランス語、チェコ語、そして日本語べらべら。ここでは
「まえすとろ、駄目。トックちゃんカだぐらす、OKネ」というわけで無礼講に。深夜一時にお開き、いやあ、楽しかった。手羽先はおいしい。食べ方に若干コツが必要だが、慣れれば、すいっと、身が取れる。

このあとTKWOはシンガポール/ヨーロッパツアー。私も誘って頂いたが、予定に先約がありお断りしなければいけなかった。残念。気をつけていってらして下さい。

付記。燕尾服は無事見つかりました。
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# by francesco-leica | 2005-07-09 19:27 | 日記 | Comments(0)

怒濤の一週間

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写真はウィーンのカフェコンディトライ(ケーキ屋とパン屋とカフェが一緒になったみたいなお店)「Oberlaaオーバーラー」のルバーブパイ。非常に酸っぱく、そして甘い、もうたまらないおいしさ!
5月のウィーン滞在時に撮影。

今朝、突然思い立ってウェブログを開設。

それにしてもこの1週間、色々な事件があった。まずは帯状疱疹、最初おでこに大きなニキビが出来たと思ったらその3日後くらい、先週金曜日には顔の右半分がぶつぶつだらけに・・・体もどよーんとだるくなり、近所の虎の門病院分院へ行くと、「三叉神経第1枝にヘルペスウイルス」、すぐ本院に行って下さい、との由。目の神経がつながっているので重篤な部類に属するらしい。そう言えば、ニキビみたいのが出る前、目がなんだか痛いなあ、と思っていたのだった。
慌てて、本院に駆け込み寺。紹介して頂いたのは皮膚科の素晴しいお医者様で、的確に診断。抗ウイルス剤、ビタミン剤、痛み止めと胃薬。
「もしかすると、明日くらい、腫れて目が開かなくなっちゃうかも・・・」気の毒そうに宣告される。怖いー。
眼科にも回されるも、ここでは異常なし。よかった。
本当は今日は大学でレッスンを受け、美容院に行く予定。
先生に申し訳ないが、おかげで全部キャンセルである。それどころか、今後しばらく外に出かけられない事もありゆる。
幸い、この週末はキャンセルできる仕事しかない。寝て過ごしてなんとか治そう。とはいっても、こいつはウイルスによる病気なので抗体が体の中で出来るまではどうしようもないのも事実。
一つありがたいのは、前日までに大事なオケの仕事、大事な今後の仕事の合わせは済ませていた事。神様はちゃんと私の小さな予定も分かっていて下さる!休みなさい。というサインだろう。

翌日、宣告通り右目は半分開かない。もう薬飲んで寝るしかない。聖母の「ロザリオの祈り」をつぶやきながらじっとしている。
日曜はいつもお世話になっているピアニストの輿口さんの演奏会。招待いただいたのに、これもキャンセル。ベートーヴェンの「皇帝」にドヴォルザーク7番。いいだろうなあ。くやしいなあ。

月曜の夜にはだいぶ良くなっている。さすが最新の抗ウイルス薬の力か?あとはぶつぶつが、かさぶたになっていくのを待つのみ。神経痛が残って痛いが、しょうがない。無理せず、謙虚にすごしなさいよ!というサインだと思うことにする。

火曜はカンタータクラブのソリストテープオーディション立ち会い。審査をされたのは私の最も尊敬する小林道夫先生。一言、指で横にラインを描きながら、
「よく音の出だしってのはみんな気をつけて、意識するけれど、その後の『音楽を持続する気持ち』ってのがなくなってしまう。持って行く気持ちが欲しいですね」・・・脱帽。その後食事をご一緒させて頂き、いつもながらの素晴しい音楽談義。偉大な音楽家と同じ時を過ごせる光栄に感謝。

夜、フェリス女学院であわせ。いつも思うのだが、やはり、伝統というか、場所柄というか、この学校はレウ゛ェルの高さには感心させられる。学生さんも実に感じが良い。理事長が小塩先生なだけはあるよ(私は小塩節先生の御著書のファン、「ドイツのことばと文化事典」講談社学術文庫はドイツ語圏旅行者必帯ですぞ!)。ヨハネの9番。ヘンデルのドイツアリア。

さて、翌22日水曜日は私の生涯の記念日になった。
古楽ソロデビュー。小林道夫先生と初共演。曲はブランデン5番。ソロヴァイオリンは桐山さん。ビオラ、チェロ、バスは最強、諸岡軍団。トゥッティには親友の長岡くんもいる。最高の舞台だ。もともとあまり緊張するほうではないが、さすがに胸がどきりんこどきりんこした。指や音色ではさほど心配はないし、曲自体は数えきれないくらいやっているのだが、楽器がトラウ゛ェルソだと勝手が違う。響きをとにかく大切に、テンションをあげずに体から鳴らす、というのは相当難しく、いつも前田りり子先生に叱られる所だ。
でも共演者のすばらしさが、それを補ってあまりある。小林先生のカデンツ。練習では一度も聞く事ができなかった。GPでもわざと間違えたり、止まってみせたり先生得意の茶目の連発で結局、本番が最初で最後の聞く機会となった。
なんというのだろうか、この「うまさ」は。テクニックではない。もちろん技術的に完成された巨匠なのだが、それだけではない。音の背後から偉大なバッハの精神がかいま見られる、そんな気がした。長大なカデンツが一瞬に聞こえた。もう終わってしまう、もったいない!そんな気分だった。カデンツの後のオケのテーマが、本当に感動的に、素晴しいカデンツを祝福しているように聞こえた。
2楽章、ソロ3人だけの世界。私自身、これほど心を込めて吹いたのは久しぶりな気がする。ヴァイオリンもチェンバロも、音が語っているのだ。この、音に言葉をのせる、という行為は一般的にモダンの奏者が苦手とする所ではないだろうか。歌ではなく、節ではなく、音という言語による対話。これが聞こえてきた。一生懸命こたえられるように吹くが、今の私の実力ではまだまだ、精進しなければいけないと感じた。
3楽章、桐山さん、実にいいテンポで始めて下さる。チェンバロの速い動きを聞かせる為に速すぎては駄目だ。先生が合わせのときにおっしゃった「アーティキレイションの度に、はしゃがないようにしよう」を思い出す。途中の笛ソロには「尖らず、ウェットな感じが欲しい」とおっしゃられたが、出来ただろうか?あっと言う間に終わってしまった。いつも本番は思い返すとあっという間のだが、今日は特に無我夢中であったから短く感じる。ぼーっ、と楽屋に引き上げ、小林先生の聴衆へのレクチャー(これがすばらしかった!いつかこのウェブログでも触れるつもり)、平尾さんのガンバソナタ、桐山さん、山岡さんらのブラン4(興奮のるつぼ!)を袖で聴く。アンコールはアンナマグダレーナの音楽帳より、チェンバロソロで「たれが神の御心のままに」心に染み通る演奏だった。
打ちあげ、実に楽しかった。

そして昨日、土曜日は病後の体にむち打って本番2つ。
府中の生涯学習センターでお世話になっている瀧井先生のセミナーで演奏。明治の文豪が洋楽をどのように取り入れていったか、非常に興味深いお話。この内容について詳しく書かれた、瀧井敬子著「漱石が聴いたベートーヴェン」(中公新書)はおすすめ。
終了後飛び出して、フェリスへ突撃。バス停でセミナーに参加したおばあちゃま達が「お疲れさま」と言って下さる、こういうのはとってもうれしいね。ありがとうございます。

フェリスホールはとんでもない坂道の天辺にある。いつも着くだけで腹が減ってしまいます。
飛び込んですぐ、私の番のGP。汗を拭き拭き、2人の学生さんの伴奏だが、とても上手になっている。ヨハネ9番はいつもは笛2本で吹くのを1人でやらないといけないから、結構しんどい。特に息継ぎ。
ヘンデルのドイツアリア「甘き静けさ」は実にいい曲。きっとオリジナルの伴奏は笛ではないと思うが(下のCがでてくるのでね)、歌も非常にうまく、武久源造先生のすばらしいオルガンと相まって、いい感じ。こちらも完全にノンウ゛ィウ゛で、ラインで描く奏法にする。

その後休憩、お弁当をみんなで食べるときは大だじゃれ大会。「泣かぬなら・・・ホトトギス」の中間を色々考える。「泣かぬなら、鳥にむいていないんじゃない?」「・・・テンポが悪いんじゃない」とか音楽家らしいアイロニーをちりばめ、なかなか含蓄のあるシャレが続出。

まあハウエヴァ、本番はみなさん良く出来ました。緊張なさっていたのかもしれないがみんな選曲もよく、共演者としてもとても楽しめる演奏会だった。今回はオーディションの合格者へのご褒美演奏会らしい。こういう学生に本番の機会を与える企画はすばらしいと思います。
ちなみに私は芸大の学部修士通して、こういう成績優秀ご褒美演奏を頂く機会は皆無でした・・・とほほ。

Vn桐山さん、Vc,Va諸岡さんとはあわせ含め2週間一緒の仕事でした。光栄でした!
家の近くまで桐山さんに送って頂く。古楽器とモダンの違いは「木製バットと金属バット」というお話。納得!その心は、木製は芯でとらえないと飛ばない。でもうまい人は、金属バットでもちゃんと芯でとらえられる。なるほど!
帰ったらさすがに死に寝。

そして今朝、突如ウェブログ開設。

ふう。できれば、日記というよりは、私の考え方や理想の人生像みたいなものを、自分自身を見つめ直すきっかけになるような徒然草的書き物にしていきたいと思っています。

好きなもの、こだわり(なんか嫌な言葉だね)は多い方だと思う、色々書く事はアリソウダ。
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# by francesco-leica | 2005-06-26 19:25 | 日記 | Comments(0)