カテゴリ:読んだ本( 20 )

本の話、まとめて

カミュ/異邦人

カミュ、まるで時代を変えたかのような賛辞の数々、そして、私の縁の深いアルジェリアが舞台、ということで、かなり意気込んで読んだのだが・・・。
どうなのだろう、やはり共感のあるなしが感動にも、理解にも、影響するのだろうか。
主人公を含めて、どの登場人物にも感情移入できないし、なにより、主人公の「モラルなき」思考というのに自然を見いだすような反抗的、懐疑的な人間ではないですよ、わたしは。
ほぼ流し読み。まるで感慨無し。なぜ、彼は、現地人に銃の引き金を引いたのかしらん。何度も。
この世の中はそんな居心地の悪いものではないと思うのだけれど。


玉村豊男/パリ 旅の雑学ノート

その(2冊目)

玉村さん、素敵な、素敵な、旅の絵解き、もっとも親切なパリのガイドブック。これを読んで感じたのは、パリが変わった、ということではなくて、これが書かれた当時の日本の「やる気」というか、元気さ。寧ろ、パリは変わっていないのだな、と思います。
沢木さんの「深夜特急」シリーズや、伊丹さんの若い頃の紀行文に通じる気分。とても楽しんで読んた。再読したい。またその続編、番外編も枕元においてある。

カズオ・イシグロの短編集「夜想曲集〜音楽と夕暮れをめぐる5つの物語」読了。1話目からしてもう鳥肌ゾクゾク。とんでもない作家。そしていつも翻訳が素晴らしい。どの話も、音楽、夕暮れ(ノスタルジア)、男女のすれ違い、外国。これらを絶妙にブレンド。そして、僕の好きなミラン・クンデラの短編集「可笑しい愛」(これまた絶品)を思い出した。「日の名残り」、「私を離さないで」についで、「夜想曲集」が私の読むイシグロ作品の3作目だが、どれを読んでも完璧無比な満足を与えてくれた。なんという作家だろう。旅行中に読み始めて、寝不足になってしまった。


川端康成「雪国」読了。この名著を若い頃読まなかったのは、正解だったのかもしれない。こいつは大人な小説だ。「伊豆の踊り子」と対をなすような、でも同じように、静かで、悲しくて、美しくて、さらに艶かしい。僕が島村だったら、どうしただろうか。やはり、島村と同じように、感じて、行動したのではないだろうか。「自分にはこの運命をどうしようもないんだ」という免罪符をもって。寧ろ、どうしようもない事を、抗わず受け入れるから、美しいのだろうか。だから普遍的なのか。
物語は、ちょっと出来過ぎに出来過ぎ。それにしても美しい。葉子の「悲しいほど美しい声だった」というフレーズが何度も心に響く。その声を聴いてみたい。
ちょっと考察すると、川端作品からはつねに静謐な音楽が聴こえる。静かで一貫した調和がある。クラシックである。だから堪らなく好きなのかもしれない。無人島にもっていきたいのは、伊豆の踊り子、掌の小説、雪国、全部川端作品になった。


川端康成「山の音」読了。戦後の日本文学の最高峰、と解説で山本健吉の述べる賛辞はおそらく褒めすぎではない、素晴らしい、つまり小説らしい小説でした。美しく、悲しい、というだけでなく、僕には恐ろしかった。家庭や、血統、夫婦のなかの、僕にはまだ解らない、見えない闇や、悲しみが、恐ろしくてしょうがなかった。これを川端自身の言葉をかりて「日本古来の悲しみ」と表現するべきなのだろうか。そうなのだろうか。菊子の存在以外の全てが、名状し難く、どことなく、暗い。読後もこの重苦しい気分をしばらく抜け出せないように気がする。ハウエヴァとにかく素晴らしい小説でした。何度も何度も読み返したい小説だった。どうして、こう、川端作品はどれも中途半端に終わってしまうのだろうか。きっとこの次の章で来るべき、信州の見事な紅葉の中に美しい菊子が立つ姿を見てみたいのに。川端の描く、理想の女性は、本当に危ういほど美しい。静かに、満足。



やっぱり川端ばかり、読んでいる。いま、それ以外読む気が起きなくて。(チェイサー代わりに)音楽マネジメント本と経済誌だけは手元にあるけれど。今は短編集「愛する人達」を読んでいる。1作目「母の初恋」のラストでまるで稲妻に打たれ、どばば!と涙が出てしまった(これはすぐにでもテレビドラマにでもなりそうだが、尻切れとんぼ気味のラストが難しいだろうね)。2作目「女の夢」に、まるで自分の人生にいずれ起こることかのように、感じ、3作目「黒子の手紙」では、手紙の宛先である夫の、日々のいらだちと情熱の喪失が手に取るように理解でき、(この手紙の書き手はB型であろうと確信し・・・)。まあ、これは不思議な事かもしれないし、もしかしたら大部分の男性読者にとってそうなのかもしれないが、過去に数作読んできた経験から言っても、僕自身の思考回路と川端作品に出てくる男の思考というのは、全くもって同一の傾向を示していることが、ここまで執着して読める原動力に、なっているようだ。アマゾンの評で「気楽に読める」とコメントしている方がいたが、とても「気楽に」読めはしないのだ、自分の心を覗き込むようで。それにしても、川端の描く女性は、強く、真っすぐで、美しい。
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by francesco-leica | 2013-03-15 02:59 | 読んだ本 | Comments(0)

2013年の初、読了

クラシックの音楽祭がなぜ100万人を集めたのか ~ラ・フォル・ジュルネの奇跡 片桐 卓也

2月あたまから実際に現地に演奏しに行くので、お勉強のために買って読みました。
(1月28日〜2月4日ナント、〜7日パリに居ります。どなたかパリで遊びましょう)
ルネ・マルタンの戦略、すごいね。すごい情熱です。きっと素敵なオジサンなんだと思います。
これがクラシックに風穴を空けるかもしれないけれど、でも、これがクラシックの全てにはならないでしょう。
もちろん彼はそれを百も承知だと思うけれど。
音楽はシチュエーションの藝術でありますから、シィクに装って行く演奏会だって、大事だと思います。


センセイの鞄 (文春文庫) 川上 弘美

いや、泣きました。
センセイになんだか共感するところが多いのだ。似ているところもある(口が半開きなのを見ると、指をぱっと入れたくなってしまうとか、言葉使いをすぐに正すとか)。解説の中に、人によってどこに一番ぐっ、と来るかは違う、と書かれていたが、私の場合はここで決まりだ。

「ツキコさん、ワタクシはいったいあと、どのくらい生きられるでしょう」
突然、センセイが聞いた。センセイと、目が合った。静かな目の色。
「ずっと、ずっとです」わたしは反射的に叫んだ。
〜〜〜
この、残りの生へ静かな考察という場面、これはセンセイが老人だから、こう思うのではない。
自分は特別に若いわけでも、中年でもないけれど、それでも、どれくらい生きられるのだろう、と感じない日はない。
両親と静かな時間を持っていても、これはずっと続くわけではないと思うし。人々が時のなかを歩んで過ぎ去っていく時に、「ずっと、ずっとです」と叫ばせるもの、というのは、やはり永遠の価値をもっているものなのだ、と思わざるを得ない。波多野精一のいう通り「愛の時は永遠」なのだと思う。


蛇を踏む (文春文庫) 川上 弘美
読むとそわそわとする。気負っていない筒井康隆というか(確かに短編を読んでいると、筒井作品のあれに似ているな、とか、思い出すものは多いのだ)。この人はSF出身なんだ、ということを思い出させる。
本当に面白い。気味が悪いのに、いやじゃない。清潔な感じがいいのだろう。じっとり、べったりしていないから。読んでそわそわしながら、安心している。いやはや、感服しました。全てすんなり、好きです。名前や、大事な形容詞がカタカナなのも、好きだ。


溺レる (文春文庫) 川上 弘美
これももう、最高に面白かった。
「百年」は川端康成の珠玉の短編集「掌の小説」の中の佳作「不死」を、女から見た版にように思う。
「死んでから、もうずいぶんとたつ」なんて始められたら大変だ。とか、いやあ、面白い!面白い!
色っぽいのに、色っぽくない。全く肉感のないようなフワフワした書き様なのに、こちらも生活感のない生活をしているせいか、妙にリアリスティックに感じてしまうのた。

ふう。川上弘美作品はもう溺れるように読みたいものだ。


以上、読了。

今、川端康成の「古都」を読んでいる。こりゃまた静謐。上品。しんしんと心に静けさが染み通ってくる。
なんだか、以前、心友から、京都の素晴らしい料亭で、演奏のギャラ代わりに、それより遥かに高価な御馳走に与ったことがあって、その時のお座敷のしんしんと、ぞくぞくとした静けさとその安らぎ、雨が降っていて、その音も(この光景を一生わすれないだろうな)と思っていたことなどが急に思い出されて、ただ一晩の経験に過ぎないのに、古都の凄さ、京というまちの凄さを思ったことを思った。
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by francesco-leica | 2013-01-02 00:37 | 読んだ本 | Comments(0)

ストラテジストにさよならを

忙しくて、なかなかじっくり本を読む時間がありません。

ストラテジストにさよならを
21世紀の株式投資論 広木隆 著 ゲーテビジネス新書

ストラテジストにさよならを、なんて刺激的な題名だが、中身はとても堅実な、楽しいものだった。
株式市場の概観から始まり、長期投資の誤解、理論の重要性、大事なのは「売り」、同時並行マラソンレース作戦、じつに面白い。

名言。
相場が勝手にブレる、自分はブレないこと。


投資から得られるものは金銭的なリターンだけでない。多くの知識、知見、経済について知ることができる、さらに自分自身をよく知る。ということも素直に納得することができた。

マネックス証券でのこの広木さんのストラテジーをいつも楽しんで、勉強させてもらっているが、この本で、さらに納得ですることができた。
予想が当たることが重要なのではなく、いかに、個人投資家にロジックを提供するか、その点について、広木さんは十二分に務めを果たされていると思う。いい本だった。
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by francesco-leica | 2012-11-17 20:49 | 読んだ本 | Comments(0)

読了

小林秀雄 考えるヒント 新潮文庫
矢崎彦太郎 指揮者かたぎ 春秋社
向田和子 向田邦子の恋文 新潮文庫

読了

どれも、実に素晴らしく、人生の糧となる本だった。
小林先生の本は、知恵熱が出そうだった・・・。
続編のあるということで、これらをゆっくり読みほぐしていくことで、人生の楽しみは増えた。

矢崎先生は、私と、なにかと不思議な縁のあるパリ在住の指揮者。
以前、シティフィルのペトルーシュカでご一緒して、今度は定期で、牧神の午後への前奏曲をやる時にご一緒する。
さらに12月のアルジェリア国際音楽祭でもご一緒する。さらにさらに、私の大切な友人(というか大先輩)の鎌倉の粋人のおじいさまが、矢崎さんの名付け親・・・。

「向田邦子の恋文」は向田さんの若き日の悲劇的な秘められた恋を解き明かしたもの。切ない、悲しい。

一気に涼しくなりました。
好きな季節です。
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by francesco-leica | 2012-10-09 23:23 | 読んだ本 | Comments(0)

クロネコヤマト

小倉昌男著 経営学 日経BP社
読了。

いうまでもなく、ヤマト運輸の元会長であり、「クロネコヤマトの宅急便」を始めた経営者である。
小倉さんが自ら描く半生記、経営難の会社を立て直し、新しい業態を生み出し、行政と戦い、日本に宅急便文化を根付かせ、会社を立て直した。その手法の解説。

安全第一、利益第二。
サービス第一、利益第二。
労組との健全な関係。
国民を第一に考えない官僚との戦い、怒り。裁判。
自分の判断の誤りなどもきちんと認め、よりよくしていく。

宅急便の創設にあたって、巨額の投資を行ないながら、「荷物の密度」をあげてゆけば損益分岐点がきっと数年後にくる、という確信を持って、未知の分野に社員と邁進する姿に、今宅急便なしの暮らしなど考えられないことを考え、感慨が深い。
私が小さい頃、近くにヤマト運輸の集配所があって、「翌日配達」とか、運送地域が拡大されていくさまなどを、驚きを持って大人達が話していたこと、「何時に出せば間に合うから」などという会話をよく覚えている。

とても、面白い本。株式会社という公共のもの、広く企業というもの、経営について、その視野を広げることができる書。
ものを運ぶ仕事、人を運ぶ仕事もだか、これらは決して無くならないのだ。

最後に述べられる苦境においてどう振る舞うか、リストラをどう行なうか、などは今の時代にふさわしい提言と思われる。銀行への公的資金導入、そのリストラ手法についての辛辣な見方も胸のすく正論。

小倉さんは、2005年に亡くなった。
これは、たんなるハウツー本とは思わない。名著と言える。
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by francesco-leica | 2012-09-05 09:25 | 読んだ本 | Comments(0)

Never let me go

カズオ・イシグロ著 私を離さないで ハヤカワepi文庫 土屋政雄訳

たったいま、読了。

とても立ち直れないほどの衝撃と、仰天を与えてくれる作品。
運命の不可避、というイシグロ作品に通低する内容だけれど、奇怪で、残酷で、限りなく尊い。

「噂」はでたらめだった。残酷だ。ありえないくらい残酷だ。

泣きながら最後の数章を読んで(これはとても電車の中では読めない)、茫然自失。
これから寝なければならないとは・・・。眠れるわけがない・・・。魘されるに決まっている。
イシグロ氏の思うつぼだろう。私は、良い読者だ。


凄い作家、本当に凄い作家。
抑制された、上品で、精密な語法。優秀な翻訳。

結構ボリュウムのある分量だが、夢中で一日で読んでしまった。
魅力的な本にも何種類かあるが、とても少しずつ読めないのがたまにある。
寝ることを放棄して読了したのは、藤沢周平の「蝉しぐれ」以来。

人の生死について、曽てなく、執着を持って思考している。
「最後の四つの歌」の気持ちになるまでは生きていたい、生きて欲しい。
生きたい、と思う。すると、同時に、死んだらどうしよう・・・、と思うのだ。不自由なものだ。

しかし希望のない世界、信仰のない世界、愛のない世界を私は憎む。恐怖である。
それが本書の世界である。まだ、恐ろしい。
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by francesco-leica | 2012-08-04 03:52 | 読んだ本 | Comments(2)

あ、うん

向田邦子 著 あ、うん 文春文庫


読了。
一気呵成に読み切った。大ホームラン。
わたしはあきらめの悪い性格と言うか、「きっといいに違いない」と心のどこかで思いつつ、裏切られると、なんど駄目でもトライし続けることがほとんどだ。
向田邦子さんは、3冊読んでピンと来なくて、4冊目で、来ました。

思い出トランプとは、違う作家のように思うけれど、直木賞は思い出トランプなのよね。

まさにテレビドラマ的というか、小説的でない小説。

それにしても、ここで終わるのは酷い、サディスティックに酷い。
リハの後、控え室で後輩と一緒に終わるの待ちながら読んでいたのだが、ラストシーンで絶叫、落涙してしまった。ええええええええ!!!このあとどうなるの!!!!!!

続編が読みたいが、永遠に読めない。

この主人公二人のへんてこりんな友情だけれど、荒唐無稽かもしれないが、充分、男同士ならありえると思った。奇妙な三角関係も、ありえると思った。

〜〜〜

大好きなフランスのブランド、アルニスの展示会にお連れ頂きました。
代官山のとあるお洒落な建物の地下に、夢のようなジャンさんのおそらくご自身でデザインされる最後の?コレクションが並べられていました。世界最強ブランド会社に買収されたという、衝撃のニュースに聴き、アルニスとベル・・・・・なんか(すみません、どうにもあの「かっこよさ」、商売上手なところが好きになれなくて・・・)が一緒に売られたら最悪だと、がっかりしていましたが、やはり目の前でみるアルニスの世界の美しさ、独自性に感動しました。

ただし、奇抜なもの、紳士服のルールを外したものには私は興味がありません。
フォレスティエールや、コルナック、芥子色の美しいスプリングコートなど、大いに食指を動かされました。

記念に、芯地なしの大好きな7つ折ネクタイをオーダーしました。
生地の関係から2本からオーダーできますので、もっとも敬愛する粋人大先輩と一緒に、お揃いのものをオーダーしました。超ヘビー級シルクの濃紺、水色、白の太いストライプです。「同じ趣味でよかったね」と言って頂きうれしかったです。出来上がりは来年頭。

あとは、和光で現物を物色することにします。

アルニス、美しい世界です。
ブランド品という、ブランド品というひとくくりに入れて目の敵にする方がいます。
見る目があればブランド品なんてものはありません。
いいモノ、そうでないものがあるだけです。
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by francesco-leica | 2012-08-03 11:32 | 読んだ本 | Comments(0)

リハの後、久しぶりに長浜ラーメン「ぼたん」を食べた。

向田邦子 思い出トランプ 新潮文庫

読了。

珠玉の短編集。感心とともに、やはり違和感、つまり身を任せられない感じ、他人事の感じがつきまとう。満足しない理由は、まず第一に読後感が幸せでないから。その理由は、登場人物のなかで共感出来る人、自己同一視出来る人、身近にいそうな人が、見事に一人もいないからだ。
この短編の登場人物は、どこかに影や闇を抱えている。後ろめたい過去や、秘密を抱えている。
夢や希望が語られること一度もない。
彼らのように、彼らのような人生には決してなるまい、という思いのほうが強い。

後記:
登場人物はみな生活に追われ、「より良く生きる」という人として根源的な(宗教的ともいえる)義務を感じていないことが、身を任せられない大きな理由ではないかと今気づいた。ここまで刹那的に生きる人はいないと思うのだが・・・。

さらに後記:
「あ、うん」を読み出した。ほぼ、熱中して読み進めている。いままでの向田感と違う世界。テレビドラマ的というか。キャラクターとストーリー展開で進む王道小説?

〜〜〜
この気持ちがわかるようになるには、まだ自分の人生は夢や希望に溢れすぎているのだろうか。
そう、そしてBGMが流れて来ない。水羊羹に素晴らしいBGMを指定している向田さんなのに。

でも諦めずに、向田さん、読み続けます。
心理描写、生活のひとこま、気付き、素晴らしい。

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いま、小倉昌男「経営学」を読んでいる。宅急便を作った男。ものすごく!面白い。
今週の週間ダイヤモンド「JR VS 私鉄」これも面白かった。小特集のNTTドコモの経営についてのページもおもしろかった。お薦め。ドコモは自分も10年来使っているので、期待して、その度に裏切られ、「iPhoneは出ん」とのうのうと社長が言って退けた日の翌日にホールドしていた株も売り払い(それは大正解だったが)、新しいコンテンツにも新機種にも何の興味もなく、半ば終わった会社くらいの認識だったが、毎年1兆円のキャッシュが入ってくるってのはやはり、すごい。でも、はっきり言って、経営者の能力としては、ソフトバンクの遥か後塵を排しているという気がしてならない。まだまだ日本の携帯電話料金は高い。これが海外並みになったとき、いまの株価を維持できるのだろうか。

写真はこれから読みたいもの山積み。いい本をたくさん教えて頂いた。
私は、人がいい、というもの、心を込めて薦めてくださるものは、必ず試します。
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by francesco-leica | 2012-08-01 23:14 | 読んだ本 | Comments(0)

向田さん

向田邦子 父の詫び状 文春文庫 
向田邦子 眠る盃 講談社文庫

読了。

山本夏彦が「向田邦子は突然あらわれてほとんど名人である」と書いていたのは、本当に本当だった。私は、彼女が突然あらわれたことも、事故による悲劇的な最期も、知らずに育ってきて、ただし、父の詫び状はドラマで見た。そして、山本翁による絶賛を読んだのが最終的なキックになった。
読まなければ。そこで、彼女の本の出た順に読み出したのだ。

正統な日本語、山手の言葉。昭和の生活史。人の心の機敏。気取らない正直な人の姿。
なぜ、ここまで彼女の書くものは人々に受け入れられたのだろうか。
彼女の物事の受け取り方が庶民的且つ知的だからだろうか。

もっともっと彼女の書くものを読んでみたいと思っています。

というのも、彼女の魅力に引き込まれていくと同時に、他の私の好きな女流作家(須賀敦子や塩野七生など)には感じないある「違和感」も感じるのだ。いまいち共感できないところがあって、それが何なのかわからない。

ひとつは、彼女の衝撃的な最期を知っているがゆえに、彼女のさまざまな感じ方や予言をその最期に結びつけようという誘惑に駆られること(わたしは長く生きられないのではないか、という台詞など)。そして、そこかしこに感ずる、ある種の「暗さ」だろうか。

彼女の文章を書いている「今」に、私は、何だか幸せを感じない。彼女の文章を読んで幸せな気分にならない、ということが最大の違和感かもしれない。
それは彼女も気がついていることだと思う。文中で執拗に、自分のことを「男性に縁がなかった」「独身の」「子供がいない」ことを強調するのが、そういう価値観を社会が共有していた時代なのだ、と言われればそれもそうだが、不自然な強調に見えてしょうがない。
そしてこれらの文章が大きな病気の直後に書かれていることもあるかもしれない。
もう一つ、このくらさは、無信仰からくる昏さ、なのではないかとも思った。

須賀敦子に見られる過去への追憶や愛惜には青空に雲の浮かぶような爽やかさがあるのに、向田さんの過去への振り返りは、湿って、昏い。単純に、その過去への距離感なのだろうか。

素晴らしい文章だし、本当に素晴らしい人だと思う。正直だし、知的で、ユーモアがある、好きになりたいと思うのだ。

しばらく、集中的に向田邦子さんを読み進めていこうと思っている。


今日は暑かった。
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by francesco-leica | 2012-07-28 00:14 | 読んだ本 | Comments(0)

本の幸せ

福原義春 著「私は変わった 変わるように努力したのだ」求龍堂

前田昭雄 著「ウィーンはウィーン 音楽の微笑む春に贈る熟考28章」音楽之友社

宮崎隆男 著「マエストロ、時間です」〜サントリーホール ステージマネージャー物語〜 ヤマハ

以上、読了。
ああ、幸せ。通勤の行き帰り、寝る前、朝起き抜けに、本を読む。
どんなに忙しくても読む。
常時3〜5冊を同時進行で進む。
読書好きのお仲間のみなさん、いい本を教えて下さい。
福原さんではないが、わたしの内面は、今までに読んだ本と、そして、旅から、出来上がっている。


「私は変わった 変わるように努力したのだ」は、資生堂名誉会長であり、名代の読書家でもある福原さんの名言集。あっという間に読める本だが、素敵な言葉が詰まっている。人間として、経営者として、社会人として。

例えば、

運がいいと思われている人は、
よく人の話を聞き、
いろいろな見聞を広め、
面倒がらずに人に会いに行き、
よく行動するというような面を持っている。


よく動く人は、
本人も知らないうちに
「偶然」や「運の種」をまいている。


(これなどは、私についても、私の「運がいい」とよく言われる友人にしても、実践していることだと納得、つまり、運がいい、ということではないのだよね)


「不機嫌にならないように体調を保つこと」
これが私のモットーである。
大げさに言うと社会的責任である。

(もう少し年齢がうえになったら、これなどは本当に大切なことになるのだろうと思う)

「価格」は見えますが、
「価値」は見える人にしか見えません。

(値段と価値、まさに然り)

いいものをたくさん見れば理屈なしにいいものの値打ちがわかる

(これです!若い人にいいたいのは!)

〜〜〜

次は、私のつとめる上野学園大学の学長、前田先生の名著。
熟読には最高度の知性フル稼働と、相当な熟考を要する。考えすぎて知恵熱が出そうでした。でも本当に楽しかった。小さな興奮の連続を味わう。ここには、吉田秀和先生にも匹敵するかのような、音楽を言語化したものがある。まず、それを条件づける、上質なユーモア!
何度でも触れられる「ウィーンとウィーン音楽と微笑み」の関係の考察はハタを膝をうつ。
まさに然り!

19−「維納・春・爛漫」
これはもう天下の名文。

そのなかで特に心に残った一節、

音楽にきき惚れるというのは、時の瞳にみいる、その笑いを聴く一瞬ではないのか。
楽興の時。音楽の瞬間。
モーツァルト、そしてシューベルト。
その光、その響き、その微笑みー。

(まるで5月のリンクシュトラッセが目の前に浮かぶような文章)


24−ブラームスはお好き?
25−ブルックナーを考える。

(これも非常に深い、深い考察。興奮。音楽家は心してこの名著を読まなければならない)


そして、前田先生の引用で大変感動した部分。

現代の誤りの一つは、当然の問い"Muss es sein?"
に対して、いつも"Warum denn nicht?"
とさしあたりの対応で回避することにある。以前には時間をかけ、苦労して、
"Es muss sein!"
といえる回答を探し求めたのではなかったか(オスカー・ディーム)。


フルート奏者として、ウィーンフィルのフルートへの考察。レズニチェク教授に触れられているのもうれしい。

〜〜〜

マエストロ、時間です。

は伝説の名物ステマネ「まーちゃん」こと宮崎さんの独白。
わたしは小学生の時だろうか。
サントリーホールが出来て間もない時、1990年9月8日、袖に出演者に会いにいって、そう、あれはヴァイオリンの安永徹先生とヴィオラの深井碩章さんのモーツァルトの協奏交響曲。プフォルツハイム南西ドイツ室内管弦楽団、cond/ ブラチスラフ・チェルネッキだった〜、私は安永先生とお話しながら楽屋にさがるエレベーターに乗ったとき、すぐ側の素晴らしい貫禄と雰囲気の紳士に、安永先生が「まーちゃん!」と話しかけていたのだ。岩城先生の本を読んでいた私は、すぐに、ああ、これが有名な・・・。これがわたしとまーちゃんの唯一の思い出。
その後、わたしは新日フィルとご縁ができて、古参の団員さん、そして元団員さん(つまり芸大の先生方)の思い出話にかならず「まーちゃん」の名前は出てきた。温かい話。ほろりとする話。武勇伝。

業界人は必ず、読んだほうがいい本です。

そして裏方のみなさんの協力のありがたさがよくわかります。「演奏者は本当にわがまま」本当に、その通りです。ごめんなさい。

〜〜〜
今は、向田邦子さんを夢中で読み進めている。
ああ、なんと素晴らしい!美しい、気取っていない、日本語の響き。
会ってみたかった。


今週は、ニーナの「白鳥の湖」が千秋楽だった。
これはさまざまな意味で、後から振り返っても、おそらく、人生の大きな記念となる公演だった。

本当に楽器に助けられた。
ピットの中では随分小さい、ほとんど頼りないくらいの音なのに、離れれば離れるほど、燦々と冴え渡っていたようだ。何人もの知り合いや同僚のみなさんが、それを伝えにきて下った。ピットの中での印象と全く違うのだ。指揮者はもっと吹け吹け、と合図してくるけれど、その先の音を想像して吹かないといけない。いやいや、私ではなく、楽器がいいんです。
3代目ロットと、アキヤマのスペシャル頭部管(6回の削り直しの結果、驚くほどの響きになりました!)。フレンチシルバーの巻き管。14金のリップも効いている。とんでもない名器。
頭部管としては高い買い物だけれど、これだけの音が出せるなら大納得。

さて、明日から金沢です。
全く違う役割、ピッコロピロピロ、吹いてきます。
マ・メール・ロアは全曲版は初めて。楽しみです。
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by francesco-leica | 2012-07-21 20:36 | 読んだ本 | Comments(2)