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再びアルジェリア滞在

2011年に続いて、2012年12月もアルジェリア国際文化音楽祭Le Festival culturel international de musique symphoniqueに招待して頂き、行って参りました。
数少ない「地球の歩き方」の無い國です(正確にはビュジュアルガイド、というような別冊はでています)。今年は治安も改善して、警察の護衛もなく街を歩く事が出来、こちらの心構えも出来ていましたし、なにより再会を楽しみにしている友人たちがいることが大きな違いでした。

ヴィザの申請などもアルジェリア大使館のおばちゃまも去年を覚えていてくれて、まあスムーズと言うかなんというか。朝の11時までの受付なのですが、1050に行くとすでに大層怒られて「1045まででしょ!」とか言われるのですが・・・(いや〜11時までとしか書いてないよ〜)。
まあ、そのあとは親切でしたケレド。

旅行のはじめはHNDFRACDGのフライト。
初めてB787に乗りました!この飛行機はすごい。乗った瞬間に素晴らしいのが解った。居住性がずば抜けてよいです。日本品質ですね。
エコノミークラスでも大変曽てない快適さ、これからはこの機体しか乗りたくないな、と思うほど。

久しぶりにヨーロッパ線で日本の航空会社に乗りました。それまではCAが日本人なのがどうもいやで(ガイジン好きなわけではないんですよ!)、雰囲気がザ・日本なのがいやで、日本人だらけ最悪とか思って、意地でも乗らないようにしていましたが、やはり、年を取ると、優しくされて、気配りしてもらう心地よさもわかるようになってきましたよ。
プラチナ会員になったおかげか、CAさんは名前で呼んで下さるし、大した事でないけれど、心に響くものはありますからね。

フランクでは、カスタム厳しいという噂は本当です。一体どうしたのか、この空港だけ。
イミグレーションを超えたところがカスタムですけれど、緑ランプの方も係官がぎっしり!手の空いた人から片っ端から声を掛けて、鞄を開かせています。これはもう肝を潰した。
私は幸い、通った時に係官がみんな検査中だったので、スルーでしたけれど。これは高い弦楽器など持ち込むひとは来るべきでない空港ですな。
そのままビジネスラウンジで一休みしてからパリ行きのルフトに乗る(ビールは我慢した)。

冬の名物、不凍液をは翼に撒いて離陸が遅れて、さらに不凍液を撒かないといけなくなる。
により30分ディレイ。
まあ、ルフトは慣れた航空会社で、頑丈そうなお兄さんお姉さんのCAにほらよ!とばかりにチーズの挟んだパンとコーヒーを貰い(これがなぜかうまいんだよね)流し込む。

10年ぶりのパリは、お洒落で、洗練されて、ちょっと小汚く、大きな都会だった。
やはり、いいな。避けては通れない街、パリ。
荷物はすぐ出てくるので、RERですぐに街にでる。
モンパルナス駅で悪友ピアニストと落ち合い、TGVでナントへ。

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ナントはこの2月に、横浜シンフォニエッタが招待を受けて参加する、ラ・フォル・ジュルネ・ドゥ・ナントの開催地。ラ・フォル・ジュルネの文字通り本場だ。その視察に行きました。
TGVは快適!2等でも楽々な座席。揺れずに速い。

そしてナントの居心地のいいこと!全仏で住みたい町ナンバーワンに選ばれる街というけれど、静かで落ち着いて、美しく、これと言って特徴はないけれど、でも居心地のいい街でした。
会場も視察して、うまい飯を食って、お城や大聖堂も観光して、なんと期せずして、大交通事故も目の前で目撃してしまった・・・。幸い、人死には出なかった模様ですが・・・。

帰りのTVGも快適でした。パリにかえってからエトワール近くのホテルに投宿。シャンゼリゼのウェストンで靴も購入。つられて悪友も大人買い。完璧ですね。
悪友の嗅覚を頼りに、オペラガルニエの近くのビストロにカジュアルに入って夕食。ワインがうまかった。隣のアメリカ姉ちゃん達一団のアメリカ人っぷりに辟易。
が、飲み過ぎた!翌朝は酷い二日酔いで、生きた心地無し。悪友の買ってきてくれたオレンジジュースのうまかったこと!
ただ、最近の傾向で、悪酔いして死にそうになってもも翌朝にはきれいさっぱり元気になっている、の通り、もう数時間すると復活しました。すぐにエアフラのバスでCDGへ。

初めて乗るエアアルジェ(去年は強硬にお願いしてロンドンからBAだったのだ)で、アルジェリアへ。
空港でパリから合流のオーボエ奏者とも合流。フランス上空、地中海上空を飛び褐色の大地が見えます。

アルジェの空港は実にキレイで、イミグレの列も、列の手前で係官が「ムジク・シンフォニック?」「ウィ!」でそこからVIP待遇。みなさんごめんなさい。といきなり国家の要人のようにすべてフリーパスで通過。旧友にも再会。彼のゴルフに乗って安全運転で今年の指定ホテル、ホテル・ヒルトンへ。

そこでロンドンからのクラリネット奏者とも合流。

ホテルは広くて快適、ネットも鈍いが使える。海が見える。唯一、保安上の理由もあるかも知れないけれど、街まで超遠いので、昨年のようにパッと出て町歩きはできない。

次の日、音楽院で日本ステージのリハ。サン=サーンスのデンマークとロシアの主題による奇想曲(フルート、オーボエ、クラ、ピアノ)。あと、石川栄作の幻想曲(フルート、ピアノ)。一瞬で終わる。ちょっと歩いて、現地食のシュワルマ(うまい!ケバブみたいなの)を立ち食いし、賑やかな繁華街を歩く。今回の本番会場、植民地時代のオペラハウスを見る。
午後からオケリハーサル。指揮は矢崎彦太郎先生。ベト7と第九。
大混乱、曲への無知、音程、音量、はいはい。もう充分慣れているつもりだか、それでもなかなか衝撃もある。矢崎さん、忍耐強くリハ。これがちゃんと本番を迎えられるのだから、私は旅行するようになって、本当に心が広くなりましたね。

これはまじめな話です。なにかサービスが期待以下だったり、周りの心配りが足りなかったり、ケアが少なかったり、危なかったり、マズかったり、汚かったり、なにか、我々の基準からみて「不**」と形容される事が、よその國では普通ということはよくあります。だから日本が一番だ、などいうつもりはサラサラなくて、文句を言う人に「それが普通なのは日本だけね」と言ってあげたい(言いませんが)のです。もちろん日本は居心地いいのですが、それに慣れすぎちゃって他所でサバイブできない体質になっている人もいると思う。
まあ、大抵のことは平気になってきました。自分自身が日本品質でいればいいや、と。

夜は部屋飲みですな。
ここにはお酒はありません(去年の記事参照)。ここでお酒を無理矢理買おうとすると、かなり無理矢理な感じに、無理矢理なお店にいって、無理矢理交渉して、それが決して人目に触れないように無理矢理もって帰らないといけません。で、大変なので、持ってきました。
日本人組でホテルの部屋に集まって、日本酒を飲んで、柿ピーを食べる。相当いい日本酒を吟味して持ってきました。おいしくて、そしてそのシチュエーションに、笑っちゃうよ。アルジェのホテルで、夜の地中海と、アルジェの夜景を眺めながら、世界中から集まった一騎当千の日本人演奏家達が、日本酒と柿ピーで宴会をしているんですから。
ここに集まった面々は本当にナイスなやつばかりで(まあ、私と悪友が招集したメンバーなのですから当然ですが)、さらに我々と別団体でベルリンから来ている日本のヴィオラ奏者は、私の生涯ランキング1位に入る豪傑(無茶するなあ〜豪傑ランキング男性1位はピアノの悪友で、女性1位は、その日から、そのヴィオラ奏者ですね)で、まあ、毎日楽しかったこと楽しかったこと。世界は広い!自分のちっぽけな世界をぶっ壊して頂きました。

それにしてもバブアのジャケットは便利。ビューフォートを着ていったのですが、ほとんどのものはポケットに詰め込んで、楽器まで背面ポケットに入れて、ほぼすべての外出を手ぶらで行ないました。鞄が目立つヴィトンなので、あんまりこれもって出歩くのも剣呑かなあ、と思っていたので、このビューフォートに助けられた。ビューフォート、いま気に入っているオリーブが3代目ですが、たぶん一生これをあと数着買って通すでしょうね。

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次の日の午前中、アルジェの下町、カスバへ。
去年も行ったところだが、去年はマンツーマンの護衛が付いた。今年はなし。ここは世界遺産です。海賊の街の名残り、家々が折り重なって山の斜面にへばりついている。まるで迷路。独立戦争の激戦地。元、テロの温床。何度行ってもここは興味深い。そしてここはイスラム圏なので、犬はいませんが、猫だらけです。

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ニャーニャー怖がらずによってきます。かわいい。猫が嫌いって人とは暮らせないなあ。

日本の夜の演奏会は無事終了しました。どの曲も受けた。
しかも、サン=サーンスはアルジェで亡くなっているんですね!たまたまこの曲を選んだのですが、なんだか縁を感じました。もしかしたら、このオペラハウスにも来ていたかもしれません。

去年も会った、こちらの実力者のオーケストラの団長さん、アルジェの有名人なおばさま司会者の方とも懐かしい再会。ああ、フランス語を話せるようになりたいなあ。
終演後、去年も全部聴いてくれた女の子達とも再会して記念写真。うれしかった。
新聞にも掲載されました。テレビやラジオの取材も多数。が、フランス語ペラペラの後輩に丸投げ。去年でたからもういいもんね〜、と。

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日本大使館でのレセプションでも、アルジェリア国歌と、君が代を演奏。美味しいお食事も頂戴して、素晴らしい思い出になりました。

別の日には、少し町外れのノートルダム寺院へ。他のみんなは観光でも、わたしにとっては巡礼です。
ここはアフリカのノートルダムの別名を持つ、丘の上の真っ白な教会で、教会も美しいし、そこからの眺めも素晴らしい。絶対行くべき場所のひとつと思います。ロープウェーで海沿いまで降りられて、地中海を間際で眺めました。

蒼い空、蒼い海、白い町並み。

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親愛なるガイドのハッサンが撮影してくれました。彼は本当に素晴らしいやつ!
こちらの友人たち、本当によくしてくれます。正直で、基本常に上機嫌で、だいたいお酒飲まないのに、ハイテンションになれるってのも凄い。

さて、5日間ものリハーサルを経て、ベト7も、第九も仕上がってきました。コンマスのレイ君、矢崎先生の忍耐と懇切丁寧なリハの賜物かと思います。

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今回のフルートセクション(どちらの曲も倍管でした)。
私の隣のイタリア人のステファノは実にいい音。イタリアの小さな歌劇場の笛吹き(付点のリズムなどがめちゃイタリア〜ンで笑ってしまった!べ、ベートーヴェン???)、ムスタファはこちらのオケ奏者で、ひどい調整のピッコロを頑張って第九のソロを吹いてくれました(そしてコーヒーをおごってくれました!)。一番右がアルジェリア人の若手。素晴らしい才能!きっと来年はもっと素晴らしくなっているに違いない。繊細で、いい音でした。

最終日は朝まで日本人宴会です。ベルリンヴィオラの抱腹絶倒武勇談に酔いしれ(いやもう本当にすごい)、アルジェリア産の赤ワインを飲む。アルジェリアはローマ時代からのワイン醸造の歴史があり、イスラム圏ですが、ワイン農家は自分たちは飲まずに、味と香りだけを見て今でも輸出用のワインを作っているのです。カベルネソーヴィニヨンはなかなかイケタ。朝5時の飛行機でNYに戻るレイ君をみなで見送って、再会を約して、私は1時間寝て、パリ経由で帰国の途に。

去年は帰国の時はもう疲労困憊していましたが、今年は仲間の数が多かったし、治安もよかったし、ホテルもよかったし、まあ、さほど疲れてはいませんでしたね。

慣れた?アルジェリア大好きです。

帰りはCDGMUCNRT
あの青、白、褐色、目にしみる緑から、一気にパリ、ミュンヘンとくると、グレーの世界。なんだか夢のように思う。MUCでルフトの搭乗を待ちながら、日本の団体観光客の人達のほっとしたような疲れたような顔を見て、機内でのガヤガヤを聴き、徐々に日常に戻っていきました。
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by francesco-leica | 2013-01-02 12:14 | その他の国旅行記 | Comments(0)

再びアルジェリアへ

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昨年に続き、第4回アルジェリア国際音楽祭に来ています。
こちらの友人たち、みんな覚えていてくれて大歓待に感激です。
ほの温かい感じの地中海気候です。
今日の演奏会場(フランス時代に建てられたオペラハウス)の前にて。

一日だけいられたフランス、パリもよかった。


日本からの参加者もありえない面白いメンバーで、もりあがっています。初対面の人もいて、こんなおもしろい人あったことがない、という感じです。昨夜は部屋で持参の日本酒を飲み(基本的にイスラムのこの國ではそこら街中でアルコールは売っていません)久しぶりにお腹が痛くなるほど笑いました。
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by francesco-leica | 2012-12-09 17:57 | その他の国旅行記 | Comments(0)

アルジェリア旅行記

NRTFRALHR。フランクフルトまではANA。国際線でANAを使うのは本当に久しぶりだ。CAの細やかな配慮、機内食も充実、きれいな機内。ああ、日本の航空会社だなあ。と実感。ただし後ろに倒れないで前にのびるタイプのシートはいけない。最悪。もともと移動する空間では眠れないのだか、さらに居心地悪くて全然休めない。これだけしょっちゅう外国に行くのだからそろそろビジネスクラスの常用を考えないといけないと痛感。この十数時間の時間の使いからで、着いてからの行動力が全く違う。あとは、まったくかまってくれない、日本語通じないルフトやOSのサービスが懐かしくなる時もある。難しいものだ。向こうの空港についていきなり外国よりも、機内から徐々に英語やドイツ語に慣れていく方がうまい旅の仕方だと思うのだが。FRALHRはルフトハンザ。イギリスの入国審査は手間取るかと思っていたが、「入国目的、乗り換え、明日、アルジェリアへ」これだけですんなり、意外。今回ホテルは同行のピアニスト(高校からの悪友)が空港の近くにとってくれたので実に楽チンだ。なにせ、明日の六時にはホテルを出ているのだから。ピアニストは深夜にヨーロッパの別の場所からロンドン入りするのでロンドン在住の友人に連絡を取り一人で街へ出る。懐かしいピカデリーライン。グリーンパークで降りて記憶を頼りにボンドストリートへ出る。途中、店じまいした後のジャーミンストリート、バーリントンアーケード、サヴィルロウなど、悲鳴の出そうな好きな辺りを通る。今回は買い物をする時間はない。また今度、また今度。トリッカーズも、チャーチーズも、ニュー&リングウッドも、また今度、また今度。ニューだかオールドのボンドストリートからちょっと角にはいったところにあるコーチ&ホーシーズという伝統的なパブを友人が押さえていてくれた。おいしいエール、親切な店員、薄暗い照明、どこもかしこも薄ら寒い。これは本格的なイギリスだ。季節限定というかなりダークなエールを試飲させてもらい、それをパイント貰う。友人と、その友人と、我がピアニストを待って時間を過ごす。次の朝早いのと、ロンドンは(形の上では)結構早く電車が無くなるので次になったあたりのところでホテルに戻って、ピアニストとホテルのバーで飲み直す。ホテルの店員に「軽めの生ビールはない?」と聴くとだしてきたのはなんとドイツの我が愛するブレーメン産のベックスだった。それにしてもこの旅行は飲んでばかりだったなあ・・・。このベックス、よく知っているはずなのだが、まるでイギリスビールのような味。ピアニストにも試しに飲ませると確かに違う、という。これは他のビールでもよくあることなのだが、いったいどういう事だろう。飲みなれているはずのものが、飲む場所が変わると味が変わる、という・・・。もしかしたら、イギリス生産のライセンスかもしれない。日本のビールも、チェコでライセンスで作られたやつなんですごく美味しいもの。

そのあとホテルの部屋のネットから次の朝のオンラインチェックインを済ませて休む。もう数時間後には空港だ。

次の早朝。ヒースロー、例の薄暗くて寒くてだだっ広い空港に立つ。初めて乗る英国航空。ピアニストがJALのサファイアメンバーなのでBAのラウンジに入らせてもらいゆっくり寛ぐ。朝食もそこで取り、うまいコーヒーを飲み(紅茶をそういえば行きも帰りも飲まなかった)、素晴らしいドライシェリーとポートワインがあったので、どちらも飲む。いい気持ちで次第に明け染まってゆく空を眺める。
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とうとう初めてのアフリカ入りなのだ。気分が高揚する。地中海の上空を飛ぶときはサン=テグジュペリのことを考えていた。BAはシートは最悪で、設備はおんぼろで、CAのホスピタリティは素晴らしい完璧、という事前情報通りのもの。私は・・・好きかな・・・結構。でも普段はスター系しか乗らないので今回のように仕事のお仕着せでなければなかなか味わえない。

海が終わり、薄茶色の大地が現れ、山脈が見え、街が見え、ちょこっと緑が見え、ドシン、とアルジェに着陸した。
降り立つと、温かい。アフリカを実感する。フランス語が聴こえ、アラビア語がきこえる。
イミグレーションにもやたら時間をかけて入国。ターンテーブルで荷物を待っていると今回の現地案内人のハッサンが現れた。やっと少しの英語を話す、少し気弱で誠実な若者。ピアニストは二回目の訪問なので、いろいろな友人が空港に待っていてとたんににぎやかになる。

そして我々のセキュリティー(ボディーガードね。本職は私服警察)、運転手(ベンツを操る正体不明の超イカした親父さん)も一緒になり街へ向かう。世の中にはこんなにおまわりさんがいるのね。という警察国家だ。我々のベンツにはパトカーの先導が付き、白バイ(BMW)が付く。「一人であるくな、離れるな、夜出歩くな」と注意される。そんな恐ろしい様には全然見えないのだが、どうも外国人誘拐は多いらしい。我々のベンツの中はつねにアルジェリアの民衆音楽なのか楽しげな歌声のCDが鳴り響いている。怪しい運転手さんのお気に入りなのだ。興に乗って「アルジェリームジーク、セ・ボン!!」と絶叫。いいだろ?と我々にも反応をうながすのでこちらも「セ・ボン」などと頷く。町中の古い植民地様式のホテル「エス・サフィール」(旧ホテル・アレッティ)に投宿。中は相当くたびれているが清潔だ。映画「ペペ・ル・モコ」の舞台にもなったホテル。海沿いに立つ白い建物は確かに美しく、絵になる。ここのホテルの圧巻はそのおそらく創建時から変わらないであろうエレベーターだ。扉を二重に自分で締めてボタンを押すと、ゆっくりジワジワ上り下りする。まあ、ただの木の箱だ。これに乗る時はちょっとした冒険で、なんせいきなり途中で止まったり、ちょっとした扉の接触不良で動かなかったりする。その度、客もボーイもわーわー言って集まって器械の機嫌を直すのだ。

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アラブ流を体感したのは来てすぐのことだった。ホテルで初めて細かい予定表を受け取ったのだが、みると、私は次の日から延々オケの練習が入っている。なんとチャイ5の練習に5日間もとってある。少なくても始めの数日くらいは遊ぶ気満々で来ていたのでショックを受けて少々しょげていると、ピアニストが「大丈夫だ」とやけに自信たっぷりに言うのでみていると、ガイドと交渉を始めた。最初はガイド君、多少抵抗を示していたものの、ピアニストが話し続けて5分後には気弱にOK、と言っている。ピアニストが向き直って、「明日は一日観光に変更。ローマの遺跡にいけるよ」と。何度も、何度も粘り強く言い続ければ大抵のことは自分の思う通りに進展する、というアラブでのこのあと数えきれないほど経験する例の初体験だった。オケの練習なくなるのだろうか、自分だけいかなくていいのだろうか、などと思っていたが、まあ、アラブ人がいいというのだから、いいのだろう、と割り切ってレストランへ行く。このあとの1週間、海を眺めながらの食事は快適だった。ギャルソンのおじさんとも仲良くなり(といっても向こうはフランス語しかできない、こちらはフランス語できないのでほとんど片言のフランス語と英語なのだが)、気分よく過ごした。まあ、食事はほとんど羊さんか鶏さん、たまにシーフード。味の薄いちょっといじけた感じの野菜が付く。
パンは例の半分のフランスパンがおいしかった。あとはミネラルウォーター、ここまでが音楽祭の支給品。あとビールが飲みたい、ワインが飲みたいは勝手に注文してその場で支払う。このお酒は結構問題があって、町中には所謂酒屋がないのだ。イスラム教だからアルジェリア人はお酒を飲まない。なんとなく、寝る前に一杯したい、というのが最後まで出来ず、機内の免税かなにかでウィスキーでも買っておけば良かったと後々反省。

さて、昼食のあと、悪友と二人で街に出た。海岸沿いをちょっと行って帰るだけなら危なくないという。
セキュリティーといつも一緒にというのも気を使うのですすっと、ホテルの入り口(ここも厳重にチェックされている)を通過してしまう。ヤシの木など道に植っていて南国気分。ツジツジには自動小銃を構えた警官が立ち、歩く人々は足早だ。反面、なにもやることがない、という感じのお兄さんおじさんがウロウロ(失業率は相当高い)していてなんとなく危ない雰囲気もある。さあ、事件はその時起こった。なんの警戒もなく町並みの写真を撮っていたら、どうやら撮影禁止の場所だったらしい、あるいは映してはいけないことになっている警官が写っていたのか・・・なにか鋭く詰問する声がきこえたと思ったら「目がマジ」の若い警官が走ってきて私の腕をむんずと取り、私は通りの向こう側に連れて行かれた。警官なにやらアラビア語で捲し立ててさらにどこかに連れて行こうとする。どうやらお前写真を撮ったな?調べる、というような事を言っているようだ。そこで思い出した(パスポート持っていない!)ホテルでチェックインの時に預けて、まだ返してもらっていないのだ。本格的な尋問に持ち込まれるとかなり不利な状況になる。このアルジェリアに働きにきている東洋人と言えば筆頭に上がるのは中国人であり、この国の人々が日本人は尊敬と親愛の対象とみて、その反面、中国人をなぜか相当な侮蔑の対象としてみていることを考えると、言葉が通じずにパスポートも無く、ここで警察に拘束されるのはマズい。中国人に間違われたら手荒な扱いを覚悟しないといけない。実はここに来る前、1週間だけ、NHKのDVD「フランス語会話」を買って毎日みていた。それがここで役に立った。ほとんどのアルジェリア人は英語を解さないがフランス語を解する。笑顔で、自分が日本人で、東京から来て、音楽家で、この街で演奏会があること、景色が美しい!とまくし立てた。実は腕をとって引っ張られながらとっさに、さっき撮った写真は削除してあった。そしてカメラを差し出して調べてくれ、と身振りで示す。若い警官はこちらが日本人の音楽家とわかると扱いがやや慎重になった。カメラを丁寧に受け取ると再生を始める。ロンドンの風景、友人、さっき食べたご飯、ホテルの部屋・・・それで?というような写真ばかりだ。ここですかさず「No photo, no photo」と繰り返す。警官首をすくめ、「OK」とカメラを返す。OK?と聞き返すと少し笑顔になり手で、行け、と示した。散歩始まって5分でのこの最初の危機に出会って、「おいおい、やばい国に来ちまったぜ」と実感。距離を置いて見守っていた悪友のところに戻ると「おい、開始5分でこれは早すぎだろ(笑)」。そのあとは俄然行動が慎重になる。しかし、ホテルの近くのオープンカフェでミントティーを飲み、普段は手にしないマルボロなど燻らしてみるとまんざらでもない気持ちになる。
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街の繁華街を一周してホテルに戻り、荷物を整理したり、部屋でネットがつながるのを確認したりしているうちにその日は暮れていった。夜、テラスに出て港を眺めると、海に映る素晴らしい満月。
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翌日、朝日の昇る地中海と港を眺めながらフランスそのもののような味のカフェオレとクロワッサンを食べるのは極上の時間だった。コーヒーカップにまず砂糖、コーヒー、ミルクの順で美味しくなることも悪友に教えてもらう。たしかに味が違う。
午前から、アルジェより少し西にいった、ティパサという古代ローマの港湾遺跡へ観光に向かう。メキシコから来た若い音楽家達と同行。陽気な気持ちのいい彼らと一緒に行けたのは幸運だった。マイクロバスはパトカーの先導、複数の私服セキュリーティー、現地についたら制服警官も複数、つねに同行する。
アルジェからずっと同行の警官の一人はこのティパサの出身らしく、街のあちこちで住民から声をかけられ挨拶を受けていた。

海岸沿いの遺跡は圧巻。柱やら、階段やら、壁やら、床のモザイクやら、そのまんま残っている。手で触れられる。古代のロマン。海が美しい。覗き込むとウニが沢山転がっている。こちらの人は食べないそうだが「日本だと一個10ドルだよ」と教えると目を丸くしている。悪友が泳いでいいかと(冗談で)セキュリティーに聞くと「寒いからやめておけ」とのお返事。地中海は静かだ。さらさらとう波の音を聴いて、岩に座ってしばし時間を過ごす。古代ローマの港湾遺跡だ。
この遺跡の岩陰のあちこちはアルジェリアの青年男女が清らかな愛を語らう場となっているらしく判で押したように膝を揃えて二人で岩に座ってお話しています。
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かなり広い遺跡を歩き回り、我々は腹が減った。メキシコ友人達が盛んに「シーフード!」とガイド達にアピールする。さあ、アルジェリアの法則だ。10分後には昼飯は予定変更して、この街で海の幸を食べることになった。ティパサ出身の警官の案内で、街一番というシーフードレストランへ行く。魚を指定すると、店の外で炭火で焼いてくれる。私は魚のスープとカジキマグロのグリルをお願いした。美味しかった。
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夕方からついに国際オーケストラのチャイ5の練習に参加。マエストロは若いスペイン人。大分苦労している。メンバーの大半は英語を解さず、マエストロはフランス語を話せず、メンバーの一部はほぼソルフェージュが壊滅で、一部はめちゃうま、一部は幼稚園レヴェルという混成部隊。幸い、隣のフルート2番にはチュニジアの素晴らしい笛吹き、3番もアルジェリアのピッコロ奏者は上手でフルートセクションはほぼ問題ない。オーボエの二人の首席はフランス人のユーモアあふれるチャーミングなお姉さんと、ドイツで首席奏者をしているお兄さん、この二人は素晴らしかった。アングレもスイスのオケ吹きで素晴らしく上手。金管はかなり大変な感じ・・・。がんばるしか無い。

夜はホテルのカフェを初めて試す。ここのミントティーも美味しい。

次の日は午前中フリー、休憩と散歩。午後にはロンドンからもう一人の素晴らしい日本人、私より若いのにすでにロンドンでプロフェッサーのヴァイオリニストが来アルジェ、一緒にオケの練習に参加し士気上がる。夜は日本大使館の晩餐会にご招待頂く。迎えに来た、防弾仕様のトヨタランクルに乗って、内陸の「アルジェの海賊の屋敷だった」という大使公邸へ。怪談話が絶えないそうだ・・・。すごい立派、そしてすごい警備。おいしい料理を頂き、大使、大使夫人との楽しい時間を過ごす。

翌朝は国営テレビの朝の情報番組に生出演。スタジオにいくとフランス語でのインタビューが判明してうろたえる。大使館の書記官の方が通訳に入り解決。
途中で、一度シリア関係の緊急ニュースが入って途切れたがおおむねスムーズ。

夜、文化宮殿で日本勢だけの演奏会。私はヴォイスを吹きわめき喝采を頂く。悪友は「月光ソナタ」。ヴァイオリンはフバイの「カルメン」、度肝抜く迫力。お客さんは満席、実に反応がいい、熱い。終演後、老若男女押し寄せていきて、写真攻め、サイン攻め、こうもモテるとは。。。いい国だ!!来てよかった。


翌日、アルジェの旧市街、独立戦争の市街戦の舞台にもなったカスパ訪問。下町のなかの下町。この日はセキュリティーが3人ついた。お店と人がひしめき合い、様々な物が売買されるカスパの市場、興味深いが、なんとなく危険な香りがあって、カメラを構えるのは剣呑な感じだ。ガイドに聞くと「危なくってアルジェリア人でもいかないよ!」とか、「昼はいいけど夜は絶対いかない」とか、ヤバい名所らしい。まるで迷路のような入り組んだ坂道を、セキュリティーのおじさんは庭の散歩のようにわかりきった様子で登って行く。我々はそれに黙ってついて行くだけ。それでも山肌の頂上に近いところで視界が開けると素晴らしい地中海が眼前に広がったりするさまをみると歓声があがる。

一度ホテルに戻ってセキュリティーと別れてから、ガイドのハッサンたちとカフェでお茶。
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次の日に悪友ピアニストは帰国。あとはポンニチ笛ヴァイオリンコンビで乗り切ることになる。オケはホール練習へ。マエストロはなんと元笛吹きであることを告白、一緒に記念写真を撮った。「文化宮殿」なる実に社会主義的な名前の巨大な建物の中の小さな会場。かなりの事故を経ながら、吹き出したくなるのを押さえつつ、でもたまに実にいい味を出しつつ本番終了。多くのヨーロッパ人、アラブ人と一緒にチャイ5の頭を吹かせてもらったというのは・・・すごい経験かも知れない。
アキヤマさんの新頭部管も炸裂。
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さあ、そろそろ思い出すのも、書き尽くす作業にも飽きてきました。あとはもう、その日はおいしいビールを飲んで寝たこと。次の日、ロンドン経由で帰ったこと。それくらい。帰りのBAでと〜ってもかわいいCAさんがいてああいいなあ、見とれて過ごしたことと、ヒースローでは多少の買い物をして、ポンドが想像以上に安くなっており、ブランド品がとんでもなく安く買えたのでした。

帰りは直接、LHRNRTのANA。やはり新シートは最悪・・・。でも日本の航空会社の良さもちゃんとわかりました。
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by francesco-leica | 2012-01-07 21:34 | その他の国旅行記 | Comments(2)

アルジェリア最終日

また詳細な旅行記を書くつもりです。

これから海を眺めながら朝食を食べて、荷物を整理して、空港に行きます。

滞在中のイベントとしては演奏会2回、大使館晩餐会1回、古代ローマ遺跡見学、下町見学、散歩、あとはリハリハリハ、という一週間でした。

いい国です。1週間はちょっと疲れましたけれど。
ハッサンとか、モハメドとか、という名前の友人が沢山できました。アラブへの偏見がどんどん無くなっていきました。汚れたフランス車のかっこよさに開眼しました。フランス語話したいと思いました。タバコの煙に慣れました。
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by francesco-leica | 2011-12-15 15:51 | その他の国旅行記 | Comments(0)