カテゴリ:ハンガリー特集( 8 )

リバマーイ

2007年12月28日にヤフーブログに投稿したものを再録。
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ハンガリー名物のリバマーイ、フォアグラです
ハンガリーは、フランスと並ぶ、フォアグラ天国

これはブダペストの誇る名レストラン、「グンデル」のランチ

あのね
おいしかった〜!

グンデルはハンガリーの歴史的シェフの名前で
グンデル風、の名のつく料理もあるそうです
フレンチとハンガリー料理の融合が見られる

市民公園の中にグンデルはあります
英雄広場までM1に乗って、公園を少しお散歩して素敵な館に入ると
ゴージャスな内装、静かな空間、風格ある給仕さん達が出迎えて下さる

ランチは何種類かあります
日曜日はグンデルブランチといって、バイキング形式になり
伝統的なグンデルメニューが「取り放題」でございます!
シャンパーニュが一杯付きます

普通の平日は何種類か選べる手軽なランチのコースがあります

グンデル2回目の僕は伝統的なグンデルメニューのランチを頂きました

おいしかった
旅行中食べたものの中で一番美味しかったかもしれません
盛りつけも美しく、繊細で気持ちよいものでした
ワインもハンガリー自慢の赤ワインを頂き、なかなかのもの
メインは写真のフォアグラです
ちょっと甘めの香り高いソース
フランス産とは違うややしっかりとした食感のフォアグラに絶妙に火が通っています

給仕さん達は実に行き届いていて親切です
皆さんお髭のおじさま
英語、ドイツ語完璧
しかも、今回は予約を入れましたが、結局、お客が我々含めて3組のみでしたので
まるで普通のお屋敷に招かれて食事しているようでした
支配人ににこやかにご挨拶を受け、ご満悦にお店をでました

ブタペストに行くたびに、絶対に訪れようと決めた

ぜひ、ブダペストを訪れた際には、グンデルで一度お食事なさって下さい
ネクタイとジャケットを忘れずに!
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by francesco-leica | 2011-02-12 21:23 | ハンガリー特集 | Comments(0)

ブダの王宮にて

2006年2月4日ヤフーブログに投稿したものを再録。
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ここまで来るのにホテルから5分もかからない

旅行においてホテルの役割は相当大きいと思っている
ホテル、食事、航空会社この3つは予算の中で絶対妥協すべきではないと思う
旅行全体のクオリティーに直接影響を与える部分だからだ

ホテルは別に高級なら良いという意味ではなくて、場所、雰囲気、従業員の質、もちろん値段も色々勘案して最終的に常宿を決めていく、ただ基本的には人気のあるホテル、値段の高いホテルは総じてサービスは良いと思う

旅行とはなにも名所旧跡をまわる事ではなくて、その土地で生活をする事こそがその意義であると思っているのでホテルに満足するかどうかは重要なのだ。だって一日の半分近くホテルで過ごす訳だし、居心地がよければ一日中いることだってあるからね。

ウィーンとブダペストではもう常宿を決めている
ベルリン、プラハでは探し中。


さて、この王宮の丘で最近、ブタペスト在住の友人が、すばらしいカフェを「発見」してくれた。
ハンガリーで一番古い店で、かの皇妃エリザベト(シシィ)もお忍びで通ったと言う・・・・
ティラミスのおいしかった事!
次回の訪問時には写真も撮ってこよう
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by francesco-leica | 2011-02-12 21:21 | ハンガリー特集 | Comments(0)

イシュトバーン大聖堂

2006年2月1日にヤフーブログに投稿したものを再録。
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私の大好きなブダペストの教会
常宿から5分のマーチャーシュ教会と、もうひとつ川向こうのイシュトバーン大聖堂がある。
どちらもガイドブックに載る名所だが 
イシュトバーンなどは街の真ん中なのに、朝のミサとミサの間の時間、広い広い聖堂の空間を独り占めできてしまう。

昨日は朝の散歩をマーチャーシュまで行ったから、今日はイシュトバーンまで そういう感じ。
どうしてもカトリックの国を旅行するときは教会の場所がすべての行動の基準になってしまうようだ。

マーチャーシュに行くときはホテルの入り口を出たら右へ、そして山登りがはじまるのだが、イシュトバーンに行くときは逆に左へ、山を下りて、ドナウ川を渡る。
朝の人通りの無いくさり橋を歩いてゆくのは本当に気分が良いものだ。

橋を渡って、ルーズベルト広場を超えると、もうすぐそこがイシュトバーン大聖堂だ。
実に大きい。ウィーンのシュティッフルも大きいがあのような質感を伴って威圧するような大きさではなく、「空間を伴って」大きい。呆然と、大きい。空を背景に腰掛けている。

ミサの時以外では、あまり人がいる印象がない。観光シーズンの時はどうか知らないが、私が訪れるのは冬が多いので、しばらく聖堂内にいるといつか一人きりになる時間がくる。
明かりがほとんどついていない、薄暗い聖堂に一人腰掛けていると、まるで時が止まってしまったかのようだ。
心が研ぎすまされてゆく いつまでもこうしていたい と思うのだ

祭壇には赤いロウソクがゆらゆらと灯り、現在そこに御聖体が安置されている事を示している。

いつもここでは静かにお祈りしたり、考え事をして、する事が無くなると、天井を見上げている。

大聖堂を出て少し歩けば、カフェ・ジェルボーの美味しいメランジェが待っている。
昼まではまだたっぷり時間がある。今日は何をして過ごすか、コーヒーを前に考えることにする。
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by francesco-leica | 2011-02-12 21:20 | ハンガリー特集 | Comments(0)

ドナウの夜景

2006年1月20日ヤフーブログに投稿したものを再録。
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マルギット橋から下流を望む

夜景で有名なのはくさり橋のたもとからの眺めと、王宮の丘からの眺めだがここからも素晴らしい

今回ほどこの街が優しく見えた事はなかった
ウィーン、プラハ、そしてこのブダペストはやはり、非常に俗な言い方をすれば「三都物語」という事になるのだろう
甲乙付けがたい魅力がどの街にもある

また今回、ブタペストでおいしいグヤーシュを食べる事が出来てご機嫌だった
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by francesco-leica | 2011-02-12 21:19 | ハンガリー特集 | Comments(0)

おそろしや

2005年9月4日にヤフーブログに投稿いたものを再録。
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ブダペストは大好きな街だが許せない事が一つ。
大気汚染だ。

写真を見てほしい、これはマルギット島から西駅へと向かう橋の上から撮ったものだ。すぐに気づくのが水面から少し上の空の色の変化。実際には灰色とピンクの中間のような、なんとも形容しがたい気持ち悪い色なのだが、これに気づいたときはしばらく、目の錯覚かと思ってじーっとみつめてしまった。
これはスモッグだ!

東京もさほど空気のおいしい街とは言えないが、少なくとも私自身はこういう光景は見た事がない。

どうやらブダペストは世界有数(?)の空気の汚れた街らしい。車の多さと、環境対策の遅れが重なってスモッグがすごいのだという。

それを体感した光景だった。

急に目がチカチカするような気がして、この街の住民の健康が心配になった。
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by francesco-leica | 2011-02-12 21:17 | ハンガリー特集 | Comments(0)

ブダの丘

2005年8月31日にヤフーブログに投稿したものを再録。
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ドナウの西側、平地が開けて市街地が広がっているのがペスト。ドナウの東、丘が連なって歴史的建造物が多いのがブダ。
ブダの丘の上に立つ王宮は第二次大戦で壊滅的な被害を受けながら見事復元に成功し、今では昔と変わらない姿を見る事が出来る。

常宿がブダの丘の中腹にあるので、朝食のあとは王宮の丘を一回りすると腹ごなしにちょうど良い。まだ早い時間だと観光客もいないし、ホテルに戻るまでにすれちがう人がほんの数人なんて日もある。犬の散歩や御ミサにゆく人帰る人、こんな歴史の積み重なる所に普通に生活している人たちがいるのに驚く。
復元されたのではない、本当の昔の建物が残っている所では、銃弾のあとが生々しくのこっている。
ここでヒットラーから死守命令を受けたドイツの第6山岳師団が街を包囲したソ連軍と絶望的なろう城戦を繰り広げ、巻き添えで町は廃墟になってしまったのだ。
この銃弾のあとをみるたびに、他人同士の戦争で街をめちゃめちゃにされたハンガリーの人々の苦しみをおもう。正確に言えば、ハンガリーはドイツの同盟国の一員であった訳だが、当然のようにドイツの軍事力を背景にした脅しによる、いやいやながらの参戦であった。学生時代を戦火のハンガリーで過ごし、戦後日本ですばらしい布教活動をなさって多くのファンをもつメネシェキ神父様(今は在ハンガリー)の書かれた「ペピの青春物語」では、その時代のハンガリーの苦悩が当事者の口調で語られている。

特に王宮からさらに少しのぼった所にある要塞(ツィタデレ)は銃でうたれた穴だらけだ。機関銃で撃ったのだろうか、大きな穴の連続が帯のように斜めに走っている。
ブダペスト市民も気の毒、この異国で最期を迎えたであろうドイツ兵も哀れだ。ここからずっと西の方にドイツの友軍は包囲からの救出の楔を打ち込もうとしたのだが、もうソ連が圧倒的に強くてかなわなかった。毎日、西からの助けを待ったドイツ兵の辛さを想像した。
ブダペストはもっと西の大拠点、ウィーンを安全にする為の捨て石にされたのだった。

その後のハンガリー動乱で、今度はソ連と東側の諸国に祖国を踏みつけられ、ハンガリーの人々の苦しい日々は続いたのだ。
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by francesco-leica | 2011-02-12 21:14 | ハンガリー特集 | Comments(0)

グンデル—ブダペストの名店

2005年8月16日ヤフーブログに投稿したものを再録。
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ブダペストの日曜日。

ゆっくり起きたらそのまま近くのマーチャーシュ教会か川向こうのイシュトバーン大聖堂で御ミサにあずかり、ホテルに戻ってゆっくり朝食をとる。
お楽しみのオペラは夕方からだ。

そんな時、残された午前最後の数時間と午後一杯はそのまま散歩タイムとなる。
日曜でお店はほとんど閉まっているから行き先は繁華街ではなく、自然と足は郊外へと向かう。

ブタペストの繁華街をそのまま東の方に抜けると、だだっ広い広場に突き当たる。英雄広場だ。その先は市民公園で、池あり、林あり、小さなお城に温泉までついた(ハンガリーは温泉大国なのだ)憩いの場となっている。

その市民公園の一角に、レストラン「グンデル」はある。

私はおいしいものは大好きだが、所謂グルメではない。だから詳しい事は知らないが、どうやら世界屈指の名店の一つであるらしい。創立者のグンデル氏は数多くの料理を開発した名シェフで、フランス料理の中には「グンデル氏風」の名のつく料理がいくつもあるという。
私でも知っているのが、グンデルパラチンタ。パラチンタは中欧でおなじみのクレープだが、甘いクルミのペーストをたっぷり中に入れて、熱いチョコレートソースをかけて頂く、いわばこっちのデザートの定番品だ。その「グンデルパラチンタ」発案者グンデル氏創業の名店。

お店は白い壁の瀟酒な外見で、一見すると公園の中の普通の家(といっても豪邸だが)に見える。庭も広いので夏はきっと外でも料理を楽しめるのだろう。

市民公園を散策した後、昼食をこのグンデルでとる事にした。

というのも、日曜のランチはビュッフェ形式で気楽に名店の定番料理を楽しめるようになっており、その値段も旅行先の楽しいランチにかけるとすれば決して高くはない(もちろんこの国の価格体系の中で見れば相当な贅沢だが・・・)事を知っていたからだ。

いくらビュッフェ形式でもさすがに名店と言われるだけあって、入り口からドアボーイが親切に案内してくれる、クロークと、その先の店内まで担当者が徹底マーク。こちらもあまり場慣れしていないので始めはちょっと緊張していたが、皆さん英語もドイツ語も完璧で、恐ろしく気が利くプロなのですぐに楽しい気分に入ってゆけた。

シャンパーニュが一杯サービスでつく。軽く唇を湿らせながらあたりを観察していると、お客はどうやら圧倒的にアメリカ人が多いようだ。
リッチそうな男連れがリラックスした様子で何本もワインを抜かせたり、リタイヤした老夫婦がゆっくりハラスレー(ハンガリー風魚スープ)を味わったりしている。全体的にアメリカ風の少し耳につく英語が場を支配している感じだ。このビュッフェのアイデア自体、観光客が主なターゲットなのだろう。
落ち着いて食べたいなら平日か、夜にどうぞ、という訳だ。

肝心の料理だが、大いに楽しめた。
余りにも数が多く、どれもおいしそうで選ぶのに苦労したが、サーブしてくれるお店の若い人に「よりハンガリーらしいもの、この店のオリジナル料理」を教えてもらいながら少しずつ、いろんな種類を試してみた。
期待以上と言うか、予想していたハンガリー風というよりは正統なフレンチに近い、意外に薄めで洗練された味付けがうれしかった。
もちろんグンデルパラチンタ、頂きました。おいしい!
私は甘いものなんでもござれ人間なので、ぺろり、の勢いで食べてしまった。

アメリカ人ばかりのお客の中で、ハンガリー語を話す一家族が私の隣のテーブルについた。
やや年配の父親と、少し年の離れた若い母親、5才くらいだろうか、かわいい女の子の3人家族。
父親は給仕と懇意らしく、席についた後もしばらく談笑していた。彼らはビュッフェに立つ事は無く、運ばれてきた料理を楽しそうに分け合ったりしていたが、終わりに近い頃、
突如、店内の生演奏のピアノが「ハッピーバースデー」を弾きだした。

さあ、みると給仕の一個連隊が出てきて先頭に美しいケーキ(花火付き!)を捧げつつ進んでくる。目的地は私の隣のテーブル。今日はその女の子の誕生日だったのだ。

両親、周りのアメリカ人、お店中から、もちろん私もそれぞれの言語で「おめでとう!」を言う。拍手、口笛。女の子はちょっと照れているようだ。

早速一個連隊の給仕達の手によりてきぱきと小さな台が置かれ、白い皿にケーキが取り分けられる。

ああ、美しいなあ。
父親はきっとこの国の中では裕福なのかも知れない。
でも働いて稼ぐ事だけでなく、生きたお金の使い方も知っているのだろう。
きっとこの女の子はこの素敵な誕生日を生涯忘れないだろう。両親の愛情。おいしい食事。生演奏のハッピーバースデー。一個連隊の給仕。外国人だらけの祝福。

お金が有り余るほどあっても、なくても、娘にこんな粋なプレゼントを考えつく父親になりたいものだ。



此の稿の最後に、海外(特に中欧)でおいしいものを食べる方法について。

海外旅行にいってきて、「おいしいものはなんにもなかった」という感想を持たれる人がいるようだ。こんなかわいそうな事はないと思うのだが、その人がよほど、味の好みに偏ったものでもない限り、はずれにいかない方法が大きく分けて2つあると思う。

国によって外食の当たり外れが相当ある。中欧など、まさにそうだ。でも地元の人が「あそこはおいしいよ」という店の、それも名物料理を食べて「不味い」という事はそうはない。私の場合、ガイドブックにのっていて、客は私以外は日本の団体客、という店では「しまったぁ!」という思いを何度もしたが、地元民や現地の日本人が勧める店で苦しい目にあった事は一度もない。
むしろ、「この国にこんな旨いものがあったのか!」という驚きがいつもある。

だからガイドブックに頼らず、現地の生きた情報を調べるか、勘が鋭い人は自分で探すべきだろう。明らかに現地人で込んでいる店は「あたり」だ。


もうひとつ、これは私の尊敬する小林道夫先生もおっしゃられていたことなのだが、お金を出せば絶対においしいものはある。という事。

レストランでも、カフェでも、観光向けかそうではないかはともかく、歴史のある、所謂「名店」は周りより値段が高くても決して裏切られる思いをする事は少ないはずだ。
長い間、その場所で歴史を刻んできた信頼がある訳で、例えばブダペストで言えば、私が知っている所ではこの「グンデル」やカフェ「ジェルボー」がそれにあたる。
せっかく観光できたのなら、いい意味で超観光向け、超定番を押さえる事で絶対はずれをつかまない、という作戦だ。

よく、そういう店に対して、「どうせ観光客向けで・・・」と否定的な見方をする人もいるが、そんな事はないと思う。
例えば、グンデルでの隣のハンガリー人家族しかり、ジェルボーでも感じのいい老婦人や仕立てのいいスーツの紳士がハンガリー語を話していた。つまり、その値段を払えるのは、観光客と、その国のクラスの人々である、という単純な事にすぎず、店の本質やサービスとは別物だと思う。


だからいい思いをしたければ、
地元の人の行く、遠い(観光スポットに)、安い、うまい店。
定番の、近い、高い、うまい店。

この2つの路線でいけばいいんじゃないかな?
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by francesco-leica | 2011-02-12 21:12 | ハンガリー特集 | Comments(0)

霧のブダペスト

2005年7月14日にヤフーブログに投稿したものを再録。
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すごい霧だった。
ハンガリーの首都、ブダペストはドナウ川に面しているせいか、朝夕に霧がよく発生する。
それも非常に濃く、重い霧がねっとりと立ちこめる。

深夜にドナウの川岸を歩いていてこの霧にであって、前は数メートルも見えず、なんとなく怖い気持ちになったことを覚えている。いつもなら見えるはずのくさり橋も「巨大ななにかがある」程度にしか認識できず、ただドナウの流れる水音と街の騒音が川面に反射する音が混じった小さな、不思議な、・・・ザー、とかドゥー・・・という音だけ聞こえる。そんな時は、自分が非常にちっぽけで、孤独な存在に感じられて、予定を切り上げ、早く温かいホテルに戻りたくなるのだ。

日が照ってくると霧は自然に消えて、いつもの街が戻ってくる。



早朝からすごい霧だった。その日にブダペストから飛行機で帰国する予定だった私は、起きてすぐホテルから近いブダの丘に歩いて登った。すでに明るいはずなのに、あたりは夜のように暗く、街路灯が白いベールの向こうにじんわりと見えた。

大好きなマーチャーシュ教会と漁夫の砦の広場にくると、まるで異世界が広がっていた。

人っ子一人いない。観光名所のはずの漁夫の砦は陰鬱な廃墟に見えた。
いつもなら眼下にキラキラ朝の光を受けて輝くペストの街もみえない。おそろしいような、神秘的な光景だった。霧の帯がゆっくりと木々砦の岩にまとわりついては流れゆくさまを呆然とみていた。

天候の悪い日に高山に登ったような、冷たい、重たい霧の朝だった。


霧の日には不思議な事が起こりやすいという・・・
それはどうやら真実らしい。私もその後、奇跡のような出来事にあったから。

でも、それは秘密の思い出にしておこうと思う。


濃霧の中、私の乗るルフトハンザは30分遅れで離陸、ミュンヘンへ飛んだ。

その日以来、私の心の中のあの街はいつも深い霧の中である。
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by francesco-leica | 2011-02-12 21:11 | ハンガリー特集 | Comments(0)