カテゴリ:アジア旅行記( 23 )

台湾旅行記

去年の9月ですが、台湾に出張してきました。
台湾国立交響楽団(NSO、フィルハーモニア台湾)の練習、会場、運営などについての視察、現地の日本人奏者との懇談(含む宴会)をしてきました。
初めての台湾訪問、しかし、親日国としての心温まるニュースや、父が台湾(台中)で何度も工場の技術指導をしてきたこと、さらに祖先の一人が台湾に随分と縁がある(台北州立宜蘭農林学校(現、国立宜蘭大学)教諭、台北州立基隆中学校教諭、高雄州立屏東(現、国立屏東科技大学) 農業学校長でした)ことからも行ってみたいなあ、とずっと思っていました。

素晴らしい楽しい、刺激的な、そして落ち着きの時間でした。
とても外国とは思えない・・・馴染みのよさ。やはりだてに50年の間、日本だったわけではないですね。
人々は素朴で公共心があり、親切で、私が日本人とわかるとあれこれ話しかけてきて(片言の日本語で)くれました。ひとりでご飯を食べていると1度ならず2度も地元マダムに御馳走してもらっちゃいました(モテモテ?笑)。

なんだか日本の地方都市にもありそうな風景??
b0107403_2350238.jpg


若いオケも、元気で、大いなる将来の可能性を感じるいいものでした。日本人の奏者たちも大活躍で、彼らの支えなくして台湾の音楽界は成り立たないでしょう。

非常に大きな本拠地の演奏会場は響きにクセがあり、なかなかバランスが大変そうでしたが、国家の威信をかけて建築した、という感じが濃厚にわかる立派な建物です。
b0107403_23502828.jpg

事務所の見学や、契約や勤務形態、オーディションについての貴重なリサーチもでき、楽員控え室で「鼎泰豊本店」のお持ち帰り小籠包を盛大に食う!という贅沢かつ貴重な体験までさせてもらえました。多謝!
たまたま前の週に私も演奏したアルペン交響曲を取り上げていたので、練習の見学も興味深かったです。

ホテルはけっこう新しい、君品酒店。なかなか話題の人気ホテルのようです(ANAのサイトでお勧めだったのでよくわからず取ったのだが)。台北駅の上のたいへんに便利な立地にあります。とても感じよく、快適な滞在でした。夜は部屋がやたらにムーディーで薄暗く(好きなんだなあ、こういうの!)、風呂場など、なぜかガラス張りで室内から丸見え、という、一人で泊ってるのがバカらしくなるような設えで大変結構であります。
b0107403_23501828.jpg


台湾といえば日本人の口にも合い易い街中グルメ!しかも安い。
水餃子の有名店、ここでマダム達に話しかけられ御馳走してもらいました。しかも最終的に会話がドイツ語になった(オーストリア通商代表部の仕事をしているマダムだった)。
b0107403_23501120.jpg


街中の小皿料理屋。ここもうまかったなあ。
b0107403_2350264.jpg


古くからの大事な笛吹き仲間、NSO副首席で活躍中、宮崎さんのお勧め牛肉麺のお店。ピリ辛です。
b0107403_23495387.jpg


おなじくお勧めのお洒落なアフタヌーンティー屋さん。静かでお洒落で、ここどこ?っていう雰囲気の良さでした。
b0107403_23493653.jpg


とどめはもちろん、初体験、超痛ギモの足つぼマッサージ!さすが本場、素晴らしかった。
私は痛みには強いほうで、もっとやってえ〜〜〜、という倒錯した世界を垣間みてきました(笑)。
b0107403_23492559.jpg

b0107403_23493053.jpg


というわけで2泊3日の駆け足旅行でしたが、これからも仕事でなくてもぜひとも訪れたい国になりました。なにより近いし。台中や、航空隊で有名な台南、少数民族の東部も行ってみたい。温泉も行ってみたいですね!
[PR]
by francesco-leica | 2014-03-07 00:15 | アジア旅行記 | Comments(0)

香港滞在記

随分と更新をせずにおりました。

今週で補講や試験の週間が終わります。少し夏休みらしくなってきました。
新しい環境にも慣れて参りました(ちょっと松戸に通うのは遠いのですが・・・)。

先月は昨年の9月以来の香港に、第2回日本香港国際音楽コンクールの審査の為に参りました。
b0107403_15251460.jpg


香港は行く度に面白く、人々はエネルギッシュで、インフラの良さや、人々のお行儀の良さも本土の中国とは全然違います。
英語がどこでも通じるのは助かる。ご飯は美味しい。気が漲り、清濁合わせ飲み込む渦のような場所。好きな場所ですね。

去年は半島側のペニンシュラを宿にしましたが、今回は仕事のメインが香港島の側なので、そちらの代表的ホテルのマンダリンオリエンタルの本館のほう(タワーでない)にしました。
わたしはかなりの旅行好きなので、自分の仕事は旅行が多くてありがたいです。
旅行の要素のなかで、ホテルはおそらく最も重要だと思っています。旅行好きの方の中には、ホテルの費用はできるだけ押さえて、他のイベントやご飯などに予算を傾注する、という方もいるかと思います。でも私は反対です。飛行機とホテル、ここは好きにしたい。
もちろん、イベントやホテルの外での交流、食事が旅の目的であることは理解しますが、そこに移動中とホテル滞在時の楽しみを加えると楽しさも倍増と思うのです。
あととにかく、無用なトラブルやストレスを感じずに済みます。
ホテルは過ごす時間がたとえそう多くないとしても「我が家」と思える雰囲気と設備を持っていて欲しい。
去年はペニンシュラの地図を手に持っていただけで、それを見たお店の人の待遇が全然違うことがありました。
仕事でも、遊びでも気分よくやりたいですし、その土地にいい印象を持っていたいので、ホテルは値段の多寡に関わらず、じっくり選びます。
そして次もおそらくここに泊りたいだろうな、という処に泊ります。だって繰り返すことって大事ですから。
(僕のウィーンの常宿は1997年の初訪問以来変わっていません。完全に我が家です)

今回のマンダリンの部屋。
b0107403_15253162.jpg


窓からの風景は実に香港らしい。HSBCの本店に、中国銀行(香港)本店。立法院・・・。
b0107403_15253866.jpg


さてマンダリンオリエンタル、かの大フルート奏者のランパルが自伝のなかで大好き、と告白するいくつかのホテルに入るだけあります。
(他には香港では当然ペニンシュラ、あと東京のオークラを絶賛しています)
ビジネス向けの雰囲気というのは前評判の通り。スタッフも気が利き、大変親切です。エキゾチックというのか、西洋人の喜びそうなアジアンテイストにあふれています。
このあたり、明るくコロニアルな雰囲気を出しているペニンシュラと好みが別れるところですね。
非常に機能的で行き届いた部屋。アメニティはエルメス(エルメスのシャンプーにいつも感心しています。これって買えないのかな)。
ただ、なんというのかしら、香港に来た、という喜びを満ちあふれさせる場所としてはペニンシュラに勝るホテルはないのかもな、という感想です。
素晴らしい申し分ないホテルでしたけど、さらにわがままにサプライズを与えてくれるホテルを、私は望みますね。

もう数カ所(値段の高いところも安いところも)、あちこち泊ってみてから香港の常宿を決めようかな、と思っています。

私の関わった部分の審査は2日間に渡って無事滞りなく終わりました。
微笑ましい小さいお子さんも、バリバリ上手な20〜30代も、また日本からの参加者もあり、大変盛況でした。
b0107403_15264241.jpg


去年も感じましたが、小さいお子さんの部門で明らかに同じ指導者の方が育てたのであろう素晴らしい何人かの演奏に瞠目しました。
彼らは共通してフォーム、楽器の持ち方が美しい。無理なく構え、持ち、操作する。当たり前ですが、当たり前のことを指導しないといけないのだと、私自身の勉強になりました。大事なのは左右の親指、なんだね。

香港の楽しみはグルメ。
去年から通っている利苑、あと陸羽茶室の美味しさは言わずもがな。
陸羽は、朝10時になる前、おばあちゃんおじいちゃん達が駅弁売りのスタイルで蒸篭を持ってきてくれるのを食べるのがおいしいですね。
唯一、チャーシュー饅(叉焼包)がなかなか出てこなくて食べ損ねたのが残念で残念で。

新しいところではセントラルの黄枝記という広東麺(日本でいうカントン麺ではなく、こっちのあの細い堅い麺のこと)の老舗でたべた海老雲呑麺が美味しかった!
b0107403_152711100.jpg



あとはジョエル・ロブションのカフェがランドマークタワーに入っているのですが、そこのケーキがぶったまげるほど美味しかったです。
ここは香港いったらマストの場所です。定番代表作のキャラメルのタルトを食べましたが、友人の食べたフランボワーズのケーキも素晴らしかった。
b0107403_1527399.jpg


最終日、参院選のニュースが南華早報でもトップニュースでした。
b0107403_1526564.jpg



あと、そうそう、ブランド品の値段が上がっており、ほぼ銀座と変わらない。円安の影響でしょう。買い物で香港へ、というのはもう過去のことになったようです。
[PR]
by francesco-leica | 2013-08-04 15:29 | アジア旅行記 | Comments(0)

2度目の香港

7月に審査を行なった、第一回日本香港国際音楽コンクールの授賞式と、受賞記念演奏会に出席するため、2度目の訪港をしました。

b0107403_17531976.jpg


今回、羽田から北京、乗り継いで香港のエアー・チャイナを選択しました。
バリバリの反日戦争アクション映画を延々上映。笑ってしまいます。でもCAは親切でした。
羽田から東京湾に沿って旋回中に、TDLの上空にさしかかりました。おお。ぱちり。

北京に着くと、ゲートを降りたところに係員が私の名前をもったボードを持って立っています。接続の時間は1時間40分あるのですが、ちゃんと案内してくれるようです。
あまり英語は得意でないようでしたが、親切にしてくれました。ラウンジでラーメンを食べつつ、本を読んで過ごします。係官も紳士的。外交はやばいけど・・・。

2ヶ月ぶりの香港、もう慣れたもの。
荷物受け取りから外に出る前に、先にオクトパス(香港のPASMOのようなもの)にチャージして、ATMでお金もおろしてから、外に出ます。エアポートエクスプレスは便利で30分かからずに市内にでます。
蒼い空、蒼い海、緑の山、南方の風景です。

今回、ガイドブックにないアジアを歩く「香港」、というガイドブックを持参しました。
主に、日本が香港を占領していた三年8ヶ月に、なにがあったのか、という本。
戦跡や日本関係の跡地、憲兵の横暴による悲劇の舞台など、現在の状況と共に丁寧に調べてありました。私は自虐的な、自国に誇りを持たない歴史感を断固として拒否するものです。
また過去の日本の加害行為を政治的に利用して止まない国を軽蔑するものであるが、だからといって日本が戦争中によいことしかしていない、というのはあり得ないと思うし、それから目を背け、傷ついた人の心を踏みにじって良いはずはない、と思う。

香港で日本がしたことを見ると、国民性というのか、何事もきっちりしないと気が済まない、日本人の性格が悲劇を起こした部分を多いと思った。列を乱したといって殴り、ゴミを散らかしたといって連行し、彼らが「虐められた」と感じて三年8ヶ月を過ごしたことは間違いはないようだ。

ただし、香港は中国本土とは切り離されて戦後を過ごした為か、教育による強烈な反日感をもっている人は少ないように思う。

九龍からチムシャツォイへの道は信じられない車の混み様。10分くらいで着くはずが30分かかりました。

またペニンシュラに投宿。なんと、前回のチェックインの時と同じフロントのお兄さんでした!もちろん、向こうも覚えていました。なんともうれしい再会。
今回はタワーの24階の部屋になりました。
素晴らしい部屋!

このホテルでは、不思議なのですが、ロビー、フロント、プール、スパ、これらの場所で、お世話してくれるホテルマンを「前回もこの人だったな」と、ちゃんと覚えているのです。2ヶ月という短い間だからでしょうか?彼らの仕事へのプライドがオーラとなって彼らを光り輝かせて、それが滞在客に忘れ得ぬ記憶を残すのではないでしょうか。

b0107403_1758870.jpg


九龍公園を見下ろす部屋でした。
便利、便利!

b0107403_18462916.jpg


審査員仲間と次の日の演奏会のための合わせをします。
音楽教室の一室を借りて、フランクのソナタ。
不思議です。香港のダウンタウンの夜景を見下ろしながら、冷房を吹きかけられながら、フランクを吹く。

今回は結構忙しい滞在です。ほとんどゆっくりする余裕はありませんでしたが、翌朝は、前回あまりの気持ちよさにこのホテルにまた来ようと思うキックになった、8階のプールに行きました。
ゆったり40分くらい泳ぎます。

b0107403_18522019.jpg


ここは水深が深いから楽しい。

朝ご飯は香港島に渡り、中環(セントラル)の陸羽茶室で飲茶を楽しみました。
サウスチャイナモーニングポストを読みながら、プーアール茶を飲み、海老プリ餃子をぱくつく。
なんだか夢のような香港の朝です。
ここは雰囲気、最高。値段は安くありませんが、香港に来た、という気分になります。

b0107403_18562171.jpg


その後、授賞式に出席、友人達の手作りコンクールからスタートしましたが、みなの協力で成功に導くことができました。素晴らしい若い才能に出会えました。
香港でも素晴らしい若手がいましたし、若い日本の奏者に出会えたのもうれしかった。

大使をはじめ、現地の領事館や日本人倶楽部の皆さんのご協力にも感謝します。

わたしを誘ってくれた悪友に夕食をごちそうになり、気分よく、ホテルのバスで手足を延ばします。

ペニンシュラというホテルは、素晴らしいサービスと共に、ある種の「サプライズ」を客に提供するホテルですが、その一つが、部屋の中の小箱に靴を入れておくと、翌朝、磨かれて戻ってくる、というものでしょう。
品よく、上手に磨いてくれます。

b0107403_18565456.jpg


帰国の日の朝食は、ザ・ロビーで美味しい紅茶と共に、頂きました。

b0107403_18581645.jpg


一つだけ残念だったのは、
おいしいクッキー屋さんを前回見つけて、今回大量買いしようと思っていたのに、お店が急に開店を遅くしたので買いそびれてしまったこと。

帰りは同じく、香港北京、北京羽田で帰りました。
静岡沖から伊豆半島、伊豆大島、房総半島、東京湾、という夜景の本当に素晴らしかった。
息をのむ美しさでした。
[PR]
by francesco-leica | 2012-09-14 19:02 | アジア旅行記 | Comments(0)

香港滞在記

初めての香港でした。
友人が理事長をつとめる香港の現地法人、日本香港音楽協会の主催する、第1回日本香港国際音楽コンクールの審査をしに行きました。
とてもいい旅行で、いい仕事ができたのですが、「旅行」に限っていうと、主に2つの成功ポイントがありました。まずは、飛行機を羽田発にしたこと。成田と羽田では同じANAでも、羽田が少し値段が高いのですが、時間的にも、心理的にも、とても楽になりました。羽田、いい。というか、成田は駄目です。成田空港「なんであんなところに作ったんだ!!」と声を大にして言いたい。実に使えない空港。
今回は羽田だったので、行きも帰りも、とにかく楽でした。
次はホテル。今回はゼータクにもThe Peninsula Hong Kongに泊りました。
いやはや、居心地のよいこと申し分ないホテルでした。ここに泊って滞在中の楽しさ、疲労回復、気分高揚効果は100倍になりました。
移動と、宿泊、私が旅行で大事に思う要素2トップです。(どこに行くかなんて、その次くらいかと思います)

朝の羽田から昼過ぎの香港へはほんのひとっ飛びでした。ほぼ4時間くらいのフライトは体への負担があまりありません。うつらうつらして、本でも読んでいると、もう、すぐ。時差が一時間というのも、体がびっくりしなくて、よい。着いたとたんに蒸し暑いのかな、などと想像していましたが、建物の冷房がよく効いており、香港はどこでも、外はムシムシだけど、建物の中は涼しい、という状況でした。また着いた日は、香港にいる友人も、こんな晴れることはめったにないよ!といういい天気で(晴れ男面目躍如!!)ムシムシというよりはカラッとしていました。

空港からなんだか不思議な感じ。漢字(それも日本の漢字に近い)と英語、人々がお洒落、なんだか様子が欧米風アジア風、日本みたいな雰囲気もちょっとだけあります。つまり、全てこれは、本土(内陸部)の中国には見られない特徴なのです。テンションあがります。ここは中国ではないんだ・・・、と中国政府が聞いたらさっそくこのブログが見られないようにするような発言。(ちなみに、すでに、このブログは中国本土からはアクセスできない状況です)
空港を出て、ATMで香港ドルをおろして(この時代に両替所、なるもので人が列をなすのが信じられない)、その100ドル札が微妙に100元札に似ていることに気がついてにやりとしました。
オクトパスカートを買い、エアポートエクスプレスに乗ります。
カオルーンで降りて、タクシーと思っていましたが、どうも、ホテルに無料シャトルバスが出る模様、その一つに乗り込みました。この間すべて英語、快適です。

南国の青い空、緑とはこういう色か、というほど緑の山。エメラルドブルーの海、これでもか!とひしめき合って建つダウンタウンの古ぼけたビル、颯爽と歩く現地の人々、車車車、英語表記。ああ、まさに映画でみた香港です。

さてさて、ペニンシュラの雰囲気は、まさに大英帝国健在なり、というような偉容と、アンダーステイトメントな、まあ、微温的な居心地の良さ。あからさまではないが、ちゃんと見ているスタッフの気配り、このホテルではなにかの為に、待たされる、ということがありませんでした。
すべて、こちらがしたいと思っていることが向こうから勝手に来るのです。
チェックインからすでに親切でウィットに富んだやり取りが始まり、超ど級ホテルに一人泊りにきた若造がリラックスいたしました。その場でアフタヌーンティーも予約。
部屋は旧館でしたが、却って古式の重厚さも感じられ、まあもう、雰囲気、調度品、格調高く、使いやすく、私がいままで泊ったどのホテルよりも、使いやすいものでした。

絶妙なタイミングで(これはだれに聞いても、本当に、絶妙なタイミングで来るといいます)ウェルカムティーが運ばれ、それを頂きながら机に仕事道具を出していきます。
b0107403_11524613.jpg


この机の配置が、よくわかりませんが、ものすごくいい感じで、仕事がはかどりました。不思議です。
色調、ライトの具合、騒音など総合的な居心地の良さが最上級になっています。

この日はまだ外での仕事がありませんので、そのまま一人アフタヌーンティーに参りました。
b0107403_11543979.jpg


この写真は最終日朝ご飯の時のものですが、実際はアフタヌーンティーでは宿泊客はホテルに入って右手側に通されました。まあ、おいしい、心が豊かになるお茶を頂きました。楽しそうな家族ずれや、広東語を話す女優のような美女数人の会話など耳にしながら、ぼーっと過ごし、たまに本を読み、数時間は過ごしたでしょうか。お菓子やスコンもおいしかった。そして、紅茶も素晴らしいものでした。

部屋で昼寝をして、夜は、これが楽しみだった。8階のプールで泳ぎました。
ローマ風という、モザイクを敷き詰めた美しいプールで、香港島が一望できる絶景です。
ああ、なんという贅沢、ここをしばし独り占めにして泳ぎました。
b0107403_11585934.jpg


ここは水深が1.5メートルもあります。けっこう深いので、気持ちいい。
泳いで、休んで、泳いで。
外が暮れなずみ、友人と約束の時間になったので、温かいシャワーを浴びて(その一連のサービスも実に洗練されて整えられている)、着替え、下に降ります。

悪友のピアニストがこんな天気な日はないから、夜景のライトアップを見た方がいい、と薦めてくれました。ホテルのあるチムシャツイの突端から対岸の香港島の壮大なライトアップ、レーザー光線が、音楽にあわせて変わるのを眺めます。ああ、香港きたなあ、という瞬間。

その後、マンゴージュースなどごちそうになり、スターフェリーでセントラルに渡ります。

b0107403_1251434.jpg


深夜まで悪友と徘徊。
夜食をカオルーンの糖朝で頂きました。
この初日だけでも、香港、こりゃあおもしろいぞ!と確信しました。

2日目はお仕事です。
ペニンシュラでは、部屋のドア脇の秘密めいたガラス張りのブックスに靴を入れてスイッチを押すと、磨いておいてくれるサービスがあります。これ見よがしに光らせるのではなく、でも手入れの行き届いたお世話をしてくれていました。今回はウゴリーニのラストで、ブダペストのヴォーシュが作った靴で行きました。
b0107403_12185521.jpg




朝、陸羽茶室で飲茶。2階に案内してもらいました。
おばあさんが肩掛けのお盆に乗せてくる、湯気のたった点心をぱくつきます。
お茶は真っ黒のボーレー(プーアール茶)。ああ、いい。あとこの老舗の設え、お客の雰囲気、全てクラッセです。運転手付きベンツで横付けにして一人2階に来た、素晴らしいスーツに赤いネクタイのおじいさん、ゆっくり新聞を読みながら、エビプリ餃子をぱくついています。素敵です。
うまかった。

そのまま仕事場へ。
私の知り合いの音楽教室の一室が今回の会場です。
大勢の香港の子供たちに混じって、日本からの参加者、ヨーロッパからの参加者もいて、第1回からの盛況ぶりに感銘を受けました。素晴らしい才能にも出会いました。
もちろん、お稽古ごとの延長みたいな子もいます。いいんです。ここはこれからの街ですから。

審査は早めに終わり、コーズウェイベイの飲茶の名店で食事。
これまた、うまかった!

さすがにちょっと疲れまして、夕方は昼寝。

夜は悪友、香港のお医者の友人と共に、ちょっと腹具合の悪かった私のために、ホテル近くのお粥の名店で食事。これまた美味しかった。その後、インターコンチネンタルの有名な総ガラス張りのロビーで、おいしいナパバレーの赤ワインを飲みながら、遅くまで夜景を肴に語り合いました。
豊かな時間でした。

3日目は、もう帰るだけです。
朝はザ・ロビーで朝食をゆったり頂きました。ティファニーの食器も、イギリスの銀食器も、お客同士の会話、白い制服のスタッフ、高い天井、全て「決まって」います。
荷物の整理をして、海沿いを散歩して、チェックアウトしました。

b0107403_12264214.jpg


9月に授賞式でまた来ますので、楽しみにしています。
香港、ひとつ、私の人生の小さな核になる可能性を秘めた街になりました。
また来たい、なにか強烈にそう思わせる魅力があります。

この街でいろんなホテルに泊ってみたいと思っていますが、最初にここに来てしまうと、あとキツいかも知れません。


付記:
なんと香港では3カ所の紙幣の発行母体があります。それらの中でも発行年でちょっとデザインが変わったりするので、帰国してお財布を見たら、4種類の20ドル札が入っています。(画像は偽造防止にちょっと加工してあります)

b0107403_15115237.jpg

[PR]
by francesco-leica | 2012-07-09 12:26 | アジア旅行記 | Comments(2)

北京滞在記

無事、北京に到着。急に、町並みも、人々も洗練されてきたように感じる。なによりあたりが明るくなった。空気も、(もしかしたら)西安より奇麗かもしれない。新しいビル群がまるで東京のようなあり様で、バスのなかからも、明るい、嬉しい、懐かしい、と歓声がもれる。私も都会が好きなのか先進的な光景を見て胸が高なった。首都が好きなのかもしれない。好きな海外の街も、全部、首都だもの。そして、運転手さんやガイドさんの話す中国が、全く違う。懐かしい北京語(わたくし、一応北京には以前来た事がございまして、詳細はSKE48と一緒に中国旅行の過去ブログ記事参照)。細くて抑揚の大きな滑らかな言葉、これも好きだ。


投宿したホテルは、豪華だが街の中心からは結構離れている、強強北京国際商務酒店。強強、ですよ。強そう。部屋は実に広く、美しく、快適。ネットもさくさく、こうでなくちゃ。俄然テンション上がる。深夜だったが腹が空いていたので、いつもの3人の引率係の新日フォルトリオで、近くのケンタッキーへ行く。日本ではここ数十年入った事の無いケンタッキーに、北京で入店。珍しいような、懐かしいような気分。驚いたのが、高いの、値段が。おいしいヤンロウパオモウとか、そういった中国の庶民の食べ物から比べると、味気ないファーストフードのほうがはるかに高い。舶来ものだものね。深夜だが、結構お客さんがいる。

次の日は一日観光ができる日だった。朝早くバスで出発し、まずは天安門広場、そして故宮へ。ホテルは中心部からは離れたところでしばらく走る。懐かしい町並み。

天安門広場はものものしい荷物検査をうけるのかと思ったら、日本人はOKなのか、特におとがめなく広場に出た。広い!寒い!
故宮へ。広い!デカい!寒い!ガイドさんの的確なご案内でふむふむ頷きつつ、観光。とにかく、デカい、広い、寒い。
b0107403_364847.jpg


そのあと、万里の長城へ。
バスでユラユラ、まず、万里の長城近くの街に、最近外国人向けに出来た、というレストランで昼食。ビールを少し飲む。
そのあとお土産購入タイム。子供だましの、いかにも、なお土産から、景徳鎮の素晴らしい陶器が同居。いつも中国で買っている、魔法の軟膏があったので購入。清涼膏という、虫さされ、頭痛などにきく万能薬。これは蚊にさされた時に本当によく効く。一発でかゆみが引きます。ガイドの学生さんに「これ、中国の人も使う?」と聴くと「試験前に使います」という、??、つまり、スーッとするので、眠気覚ましに使うというのだな。

さあバスは山間部に入り、あの城壁が延々延々延々延々続くおなじみの光景が目に飛び込んできた。俄然テンションが上がる。ここは最近「補修工事」が終わってオープンした場所らしい。関所のある街道から城壁が始まり、右側にはなだらかで日のあたる斜面と、左側には、何かの冗談ではないか!、というほど急で、日陰で寒そーな斜面があり、我々はそれを「男坂」「女坂」と呼んだのだが、内心で(まあ、女坂だよな)と頷いていると、車内の面々は圧倒的多数で男坂派なのだ。おいおいおいおい!!と思って見ていると最年長オーボエの教授まで「そりゃこっち(男坂)ですよ!」とニコニコしておられる。ええい、ままよ。みんなとよじ上りだした(まさに、よじ上る感じであった)。一段一段が、ものすごく、高い。足を目一杯あげて、よいしょ、と一段登る感じなのだ。一応、一段落、という感じのところには監視所のような建物があって、いい区切りになっているのだが、それを数区間登ったらもう、本当に息が切れてしまった。しかも、振り返ると、とんでもない高さ(高いところが苦手です)。若い学生、身軽な女の子など、猿飛佐助か牛若丸のようにひょいひょい登って行くの見て、この私が年齢を感じてがっかりしてしまった。小さい頃から相当両親について山登りはやり込んでいるし、毎日歩いたり、プールに行ったり、体力には自信があったのに。それでも意地になって付いて行く、だんだんリズムが掴めてくると、逆に力任せに登って行く人達を追い抜いて前方集団に入って行った。だんだん体がぽかぽか熱くなり、バブアーの前を開けて登る。ペットボトルの水を飲んで、イギリス土産のタフィをほおばりながら登る。登山は自分との戦い。私が一番負けたくない分野だ。のぼるのぼる登る。ついに、これ以上ない山頂までたどり着いた(おそらく補修工事がここまで、というところ)!先行していた子たちや、後からくる子達、根性で登った、とおっしゃる教授(確か55歳以上なはず!)と記念写真を撮る。感動。これはね、音楽家の根性、芸大生の根性だよ。こんな辛い目にあったって、誰も褒めてくれない、一銭の得にもならない、景色だって、たしかに奇麗だけど、別に手前でやめたって十分同じような景色だ。なのに、みんな必死に目の色を変えて登って(普通の靴の子もいた)みんな山頂で揃った。感動してしまった。さあ、あとは集合時間までさほどないので、降りて行くだけだ。
b0107403_37939.jpg


降りるのは山登り慣れしている私の得意分野だった。膝と腰のクッションを使って、リズムカルにひょいひょいと駆け下りる。目が慣れてくるとさらにスピードアップ。踏んでいい石と、ぐらついていそうな石を見分けてシュタタタタと降りて行った。途中、ハイな気分になって、踊りながらトスティの歌曲を歌いながらひらりひらりと降りると、遥か背後から爆笑が聴こえる。

全員、集合時間に間に合って、バスに戻る事ができた。滝の汗!零下に近い気温なのに、暑くて暑くて。まあ、ヒートテック様々。

この日の夕食は、がんばって登ったご褒美というわけでもなかろうが、有名な全聚徳で北京ダック。うまいねえ・・・。年代物の紹興酒も胃にしみる。

次の日からは人民大会堂のすぐ裏手、新しい国家大劇院での練習が始まった。池の中に立つ卵形の実に斬新なデザイン。厳しいセキュリティを通って、中へ。奇麗だ。東京フォーラム、と言われてもそうかな、って感じ。そこの中劇場を使って、演技付きでドンジョバを上演する。ピットが無いので、配置や音のバランスなどはあたらしく作り直す。
この頃になると、アンサンブルも大分板についてきて、歌との絡みも、舞台と近い分なんとかなってきた。
b0107403_372510.jpg

b0107403_38993.jpg


次の日が北京公演の本番。ただし、午前中は自由時間。元新日フィルの教員3人組でタクシーに乗って、北京の銀座、王府井(ワンフーチン)へ出る。まあ、本当にこれは豊かな国だ。高級なブティック。イタリアンブランドの既製服、靴。化粧品、スイスの高級腕時計。全部あります。もちろんソニーやアップルの出店も。
国の元気のよさを見せつけるながめ。我々はそのすぐ近く、いいお土産がいろいろ揃うような少しだけ庶民的なデパートを探検。
翡翠やら、刺繍、景徳鎮、金細工、筆に硯、まあ、目の保養になった。

そこで、腹が減ったね、となり、いろいろと庶民的なところも見てみたのだが、人も多いし、それまでまったくお金を使ってきていないのでまあ、ちょっと贅沢しましょう、ということになり、すぐ近くの北京飯店の2階の中華を食べる事にした。それが大々大正解。一体いままで食べてきた中華はなんだったの、という美味しさ、洗練、サービスも中国ではないような良いもので、至福のひとときを過ごしたのだった。いくつかの料理を2人前づつ頼んだのだが、それでも多すぎる程。毛沢東のお気に入りレストランというふれこみは伊達ではなかった。ここの中華を食べる為だけに、また来たいと思ったのだ。しかも、勘定の段になり、その安さにもびっくり、といってもこちらの一般の感覚では超高級なのだけれど、東京でこれだけのものを食べたら・・・と考えたら破格です。とにかく、素晴らしい美味しさだった。あの冬瓜のスープの上品なうまみと言ったら忘れられない。
b0107403_374136.jpg


実にニコニコ顔になって、その時期になるとこの国のいろいろな具合の悪いところも散々見せつけられて、結構疲れて、またストレスも感じてきていたのだが、「いまの美味しさで、全て許す!」という幸せ。

公演は大成功だった。芸大とこちらの大学との提携はこのあとどのような実を結ぶかわからないが、この合同演奏会はひとつの過渡期の役目を果たす事ができたのではないかと評価している。

それにしても、本当に、疲れた。

成田に着いた時、ターンテーブルで荷物を待ちながら、大げさでなく、腰が抜けそうにヘナヘナになった。日本のこのぬるい空気に安心して、ですよ。
いい国・・・。ぬるいだけでは惚けちゃうから、刺激も必要なのだが、それでも、やはり、日本はいい国です。立っているだけで存在が脅かされるような気はしません。

中国って、本当にでかいしすごいし、それだけでなく、やはりヤバいな、という行く度に感じる感想を、今回はより強く感じたのでした。
この国は沿岸部にだけでも、この後どんどん原発が(150基だっけ?未確認)作られていきます。ここがもし事故を起こすと、偏西風に乗って、気球にのってどこまでも~、つまり日本にその放射能汚染物質は流れて行きます。フクシマの事故のあと、九州や沖縄に移住する人がいますが、フクシマからは離れても潜在的リスクとしてはおそらく遥かに高い中国に近づいて行くのは僕には考えられないな。ま、どこが安全かどうか、なんてわからないですよね。僕は世の終わりまで、トーキョーに留まるつもりです。
[PR]
by francesco-leica | 2012-02-16 03:09 | アジア旅行記 | Comments(2)

西安滞在記

中国に行って滞在して帰ってくるのは(それを旅行という)4回目ですが、だんだんと大陸の風土と文化に慣れていくわけではなく、今回は結構疲れました。最後の数日は身も心もギスギスしてきて気力で保っていた感じ。とっても楽しかったし、意義がある旅行だったんですけれどね。

昨年12月はまず前半戦で北アフリカはアルジェリアの国際音楽祭に参加。初めてのアフリカ、初めてのイスラム、世界中から集まった音楽家との交流、そして驚愕のチャイ5に、サバイバルと押し寄せる数々の感動に結構疲れて帰国して、一週間の東京滞在の間にレッスンと事務仕事、クリスマス明けにはそのままの中国の旅立った。

行きは羽田便のチャイナエアー。集合時間前に行くと、何人かの学生はすでに到着していた。教授にイーチケット控えを渡されて、自動チェックイン。奇しくもこの日は北朝鮮の独裁者の葬儀の日で、日本からその葬儀に参列する人達の一団が隅の方に固まっており、その周りには私服刑事とおぼしき複数の男性、そして私服警備員、空港警察があちこちに立ち、なんどか物々しい雰囲気であった。教授二人(ホルンとオーボエ)が笑いながら語ってくれたところによると、お二人は相当早くにすでに空港に着いてカウンターの近くで座って学生達を待っていたそうな。そうすると、私服の公安が現れ「すみません、今日はどちらまで?」「北京です」「北京は最終目的地ですか?」「いいえ」「・・・平壌ですか?」二人は公安のお出ましの理由を悟って、笑って「西安です」と答えると、公安の人達は去って行ったそうな。「『葬儀に参加する楽隊です』って言えばよかったな」とは、後からの笑い話。突然職質されたら、ぎょっとしたでしょうね。

平壌に葬式に行く人達と、西安にオペラをやりに行く人達は一緒に飛行機に載せられて、北京まで空の旅。

中国の航空会社は、これで、東方、南方、中華と三つのりましたが、いつ乗っても、もうノーサンキューな感じ。ひたすら雑誌を読み(ダイヤモンドの2012年大予測を買って行って正解)、読み終われば目をつぶり、早く着くことを願う。機内の全てが騒々しい雰囲気、耐えられない。

北京の空港はここ中国?と見違える美しさ、やたら人が多くてイライラする安全検査とイミギュレーションをのぞけば、快適な空港だと思ったけれど、乗り継ぎなくせに一度に荷物をおろしてチェックインし直さないといけないのは本当に不便な上に慣れない空港をトランクを引きずって歩き回るのは疲れた。

西安へはもっと小さな飛行機、西安の空港も2年前の記憶より、明るく、奇麗になっている。それにしても人が多い。人ごみが嫌いな人は来るべきではないね。
そして、恐れていたことが起こった。教授の荷物がひとつ、出てこないのだ。なんと、西安は2年前の旅行で、私もその教授も含めて10人近くの藝大関係者の荷物がロストして、受け取れなかった因縁の地。その時は数時間後に、「実は、荷物は西安に着いていたけど、出すの忘れてました」という笑えないお粗末な結末で、部屋で薄いビールを飲みながら待って、深夜には荷物が届いたのだった。一度あることは・・・。今回はその親愛なる教授の荷物だけ、北京で積み忘れて届かない。なんと気の毒・・・。2年前の旅の始まりでケチがついた寂しい気持ちを思い出した。荷物ないって、なんだか寂しい気持ちになるんです。結局、次の午後に、教授の荷物は届いたのだけれど、こういう事はよくあることだ、というつもりでいた方がいいのだな、というのが学習。実は2年前に一度その目にあってから、かならず一泊分の必要な荷物は持ち込み鞄に入れる。トランクにはタグがしっかりつけられているかチェックインの時に確認する。連絡先や目印を必ずトランクにつけておく。というのは実践してあった。

ロスト荷物騒ぎの後、やっと外にでると、提携の陝西師範大のバスまで案内される。通訳の皆さんは外語大の学生さん、本当に達者に日本語を話す(もちろん、日本には来たことがないのに、すごい)。さて、いつも通り中国はどこもかしこも霞掛かってぼやー、としている。そして息を吸い込むと肺が痛くなりそうな重い空気(気候だけでなくて、多分汚染がすごい。日本の放射能なんて目じゃないと思いますぜ)に、中国に又来たのだな、と実感。

市内に入る感じ、市内の大体も地理はもう頭に入っている。今回の演奏旅行は2回目の若者も多いので、バスから外を見て「ここ覚えてる〜」とか歓声がもれる。
それにして、朝早くに羽田を出た割に、西安に着くのはもう夜。こりゃ疲れました。ホテルは大学の中のお客さんと留学生用のホテル。前回は迎賓館のようだったが、今回はそこまで豪華ではない、シングル。でも清潔だし、快適です。困ったのは、どうも相性の問題で、Macintoshが部屋のLANを認識してくれない。ウィンドウズの人は問題ないようなので、Macintoshだけの問題。これには実に困った。3日目には何かの拍子にふいに繋がりだし、そのあとは大丈夫だったのだか、それまでは無理矢理携帯電話からメールチェック。これは不経済であった。メールが自由に読めないってことがこんなにストレスだとは・・・ネットに依存しているんだなあ、と実感。いいのか、悪いのか。悪いんだろうね・・・。

次の日からの怒濤の日々が予想できたので、ビールだけ飲んで、早めに休む。部屋は暖房が効いて、それほど寒くないのが幸い。
b0107403_1103273.jpg


次の日、朝から大学の音楽学院(学部)で稽古が始まった。オペラ、《ドン・ジョバンニ》全曲。素晴らしいオペラ。日本勢とほぼ同数くらいの中国人の教員と学生達が合流して、歌い手も入る。中国勢も2年前と比べれば、すごい進歩だ。意識改革が進んでいるのかな、という感じ。最初の2日はとにかく、ダブルキャストの歌い手たちにオケをつけてあげないといけないので、朝から晩までドンジョバンニドンジョバンニジョンドバンニ。前回来た時に、最もショックを受けたもののひとつが、中国式お弁当。どんどんどんと白いプラスティックのパックが3つ渡される(2年前はこれが紙のパックだった)。この中の一つは白米(残念ながら日本の米のようにうまくはない)、残り二つのパックには、ビニール袋につめられたおかずが3つずつ、計6種類は入っているのだ。この、ビニール袋に入れて、という感覚に驚愕。しかしね、これがうまいのだ、実に。色鮮やかな野菜の塩炒めであったり、鶏のピリ辛あげだったり、食べ難い骨だらけの川魚の炒めだったり・・・支那料理万歳、という感じ。毎回、とにかくどんな場所でも中国で食す食事はおいしかった。多少、油っぽいとか、辛いとか、衛生に・・・などというのはあまり気にしない質なので、「本場感」のあふれる食事にはいつも楽しませてもらった。学食のお菓子売り場に売っていたエッグタルトの美味しさにもビックリ。なんとプリンの底には小豆が敷かれていた。こんなのは初めて。

若い子などは夜に屋台に繰り出したり、ちょっとした朝の時間に散歩をしていたようだが、どうも、アフリカからの疲れと、一応引率者の立場でいろいろ気を遣っていたせいか、まあ、2年前に散々見聞きした場所でもあるせいか、自由時間はほとんど部屋で過ごして、疲れを貯めないようにした。そのせいか、後半戦で学生達がバタバタ風邪気味に陥るところ、自分は最後までけろりとしていたのは正解だったのかもしれない。

責任者のホルンの教授(私は「社長!」と呼んでいたが・・・)は今回は藝大との提携校の調印など大仕事があり、そちらに多く関わっておられたことから、私は、基本的にはヴァイオリンと、オーボエの教授先生と私、という3人ユニットで朝ご飯から、夜の飲み会までだいたい一緒に過ごす、というパターンだった。ちなみ、今回の引率教員、全員元新日フィルメンバー。不思議な偶然。
そして、今回は調印式のために藝大学部長の先生も来西安、非常に豪華なメンバーだった。西安で懇意にしていただいている学部長にお会いして「やあやあ」などと握手したときはさすがに感慨深いものがあった。

そうそう、
ひとつだけ自分一人でちょっと冒険したのは、前から食べてみたかった、ヤンロウパオモウを2カ所で食べてみたことだ。
これは、名物のイスラム料理で、固いパンを千切って細かくしたところに、羊の肉を煮込んだスープをかけて、ふやかして食べる。同盛祥、という老舗でまず食べた。固いパンを指でいじいじちぎっていると、手が筋肉痛になってしまった。しかし、格別にうまかった。酢漬けのニンニクをかじりながら食べるのだ。もう一カ所、コテコテのイスラム街の中の下町の名店みたいなところ老孫家でも試してみた。そう何度も食べたいわけではないけれど、うまいものだった。これらを食べに町の中心部にでるために、今回、開通したばかりの地下鉄にも乗ってみた。
b0107403_1103541.jpg

b0107403_1103999.jpg

b0107403_1104320.jpg

b0107403_1105640.jpg


都合、西安では2公演。大学のホールで1回。町中の大劇院で1回。
b0107403_1105098.jpg

右から、私、中国の先生、中国の学生さん。

町中でやったときは、お弁当を厳寒の外で食べないといけない、というめちゃくくちゃなルールがあって、我々はそれを拒否して外食することにした。どこも混んでいて、そのおかげというか、餃子で有名な徳発長の一階で食べた。なかなかリーズナブルでおいしかった。
b0107403_111175.jpg


その日は12月31日、日本なら静かな大晦日だが、中国は旧正月なので、普通の日。ホテルのもどると、なんと夜の11時55分。ホテルの一階ロビーで、みんなカウントダウン。日本人でおめでとうを言い合った。そのあと、学生の部屋でちょっとだけパーティー。学生達が昼間に買っておいたケーキが出る。大人は青島ビールのスペシャルなやつ、なにやら普通の倍くらいの値段で、バリング度が12%(つまり麦芽100%)のをプシュっと開ける。これはうまい。ちゃんと味のあるビールだ。部屋もそんな広いわけではないし、我々は礼儀正しく静かに騒いで、早々に寝ることにした。

元旦は午前中から西安観光、といっても、西安は広うござんす。特に、一度はみないといけない兵馬俑なんて、数十キロ離れているから、バスでぶっ飛ばしていかないといけない。この日はとんでもない霧で、高速道路が通行止め、数少ない一般幹線に流れた大量の車で、もうびくとも動かない大渋滞に。こういう、カオスは初めてです。行こうとする車、戻ろうとする車、曲がろうとする車、信号のない交差点などはもう大変なもので、ここに空爆を食らったら全滅だな、とう状況。お巡りさんも出てきていますがもうなす術ない、という顔。と、そこで大活躍していたのが、普通のおじちゃん達のボランティア即席交通整理です。数人のジャンバー着たおっちゃん達が、車の洪水を大声出しわめきながら指図していきます。鬼神のごとき働き!これが中国の不思議なところ。おじちゃんの力で見る見る渋滞が解消して、我々のバスも先へ行くことができました。ヒーローが現れて、なんとかしちゃうんだなあ。で、人々も決して非協力的な訳ではないのです。面白い・・・。
b0107403_111674.jpg


そうして、かなり寄り道をしながら、私と、一部の学生達には2年ぶりの兵馬俑です。2年前と比べると、土産物屋さんがドカスカ立ち並んで、商魂逞しいおばちゃんおじちゃん達が群がってきます。「不要、不要」と呪文を繰り返しながら前進。中に入ると、広大な敷地をゴルフ場のカートみたいな吹きっさらし電気自動車で移動します。これが寒い!そう、思い出しました。冗談のように寒いのですよ、ここは。

b0107403_1112390.jpg


巨大な兵馬俑の迫力に圧倒されるも、まあ、2度目なので、一度目ほどの感動はなし、これはしかたない事だ。前来たときは写真を撮りまくったりしたけれど、今回は「ふーん」という感じで通り過ぎる。でもね、すごいですよ。ここは。一度は来た方がいい。歴史ってのは、こういうもんだ。と、島国の人達が衝撃をうけます。兵馬俑の後は、楊貴妃と玄宗皇帝が逢瀬を重ねた温泉、華清池を見学した。ここは歴史マニアにとっては西安事件(張学良や楊虎城によって蒋介石が拉致され、抗日統一戦線である第2次国共合作が始まった)の場所として記憶に刻まれている。蒋介石をおそった時の弾痕、割れたガラスがそのまま残っている。ドラマだ。ここは珍しい温泉が出る場所で、手を温める小さな泉がこんこんと湧いている。太古のロマンに思いを馳せてお手手をね、温めるのです。

その後、前回も訪れた、地元の餃子専門店で、これでもかといろんな茹でた餃子のコースを食べる。ここで、こちらの陝西師範大の先生が、陝西流の食べ方を披露。こちらの地方の人は辛いのが大好きで、山のようにドロッとしたラー油を餃子にかけて食べるのだ。ひいひい言っている日本の仲間もいたけれど、基本的には辛ければ辛い程闘志が燃える私としては、普通の辛さ、美味しかった。そして、世にも面白い飲み物を飲んだ。温めたコーラ!なんと、いけます。美味しいです。体にいいそうな・・・。確かにね。本場の餃子は大変おいしゅうございました。

そして、空港へ。北京に移動。
この時も衝撃的な事件が。まず、虎の子のホッカイロの大部分が荷物検査で没収された。持ち込み禁止の由。しかし、無事通過できた仲間もいるので、不思議だが、センサーに映る角度とか面積とか、あるのだろうと推測。ただし、事前に予測して相当に分散を徹底したので残りの日数分は確保されていたが、まあ、あまり気分は良くない。さらに、大事件は、2人のチェロ学生の為に席がダブルで購入(自分用と楽器用)してあったのだが、チェックインすると、なんと、満席で楽器用の席が無い、と言われたという。そして、搭乗カウンターでなんとかしてもらって、という中国流問題先送り術に学生二人は素直にしたがって自分の席の券だけ持って中に入ってきた。二人がカウンターでなにかけんもほろろにされて、不安そうにしながら帰ってくるので事情を聞くと「なんちゅうことだ!」と怒髪天を突いてカウンターに向かう。久しぶりにカウンターを叩いて喧嘩、というか抗議。ありがたいことにカウンターのお姉さんは英語が話せるので、どう考えてもおかしいでしょうが、席は買ってあるんだよ、どうするんだよどうするんだよどうしてくれるんだよ!楽器は高いんだぞ、貴重品なんだよおい、アイムソーリーじゃ済まないんだよ!とまくし立てる。ここは向こうも非を認めて、機内クルーがきっとスペースを見つけて楽器の安全は保証する、というので、必ず、お姉さん自分で最初にこの子達と楽器と機内まで行ってクルーに説明してくれるね、と念を推して引き下がったが、久しぶりに血圧が上がる出来事であった。この事件のあたりから、急速にこの国に滞在している間に知らず知らずに蓄積されてきたストレスを自覚するようになり、理不尽なことには積極的に抗議、警告、恫喝、実力行使を用いる事を決心する。

北京滞在記に続く。
[PR]
by francesco-leica | 2012-01-31 01:13 | アジア旅行記 | Comments(0)

首席フルート!?

上海のホテルで、博士の先輩と一緒に朝食を取り終わって、さて、戻ろうとしたとき、二人とも同時に、レストランのマガジンラックに目が釘付けになりました。
「ん?!」

b0107403_2341269.jpg


中国の雑誌なのですが「首席FLUTE」と、書いてあります。
「首席フルートぉ?」

とよく見ると
「首席ELITE」

二文字がニアミスでした。
大笑いでした。
感じと横文字の融合・・・おしゃれです。

〜〜〜

さて、さて、
昨夜から大風邪を引いてしまいました。
さすがに疲れがたまったようです。
仕事を大急ぎで片付けて飛んでかえって、死に寝します。

上海で歩きすぎたのか、右足首がねんざしたみたいになっていますし、
なんだか満身創痍。
つい先日、友人と食事をしていて来年の抱負、をきかれて
(そういえば去年は同じ設問に「婚活」などとほざいたのだった!)
まったく考えずに「目の前のミッションに全力投球するだけ、それ以外はない」と即答しました。
(こんな『かっこいい台詞』を吐いたのは人生初ですが、それだけ本気です)
予定表をみるとまるで仕事の津波ですが、
これだけ必要とされているというのは、なんというありがたいことでしょう。
毎年勝負なのですが、来年は本当に勝負の年な気がします。このあとの人生の基盤を作りたいと思います。
心と身体の健康に気をつけて、新年を迎えたいと思います。


明後日から金沢、大雪の予報ですが飛行機飛ぶのでしょうか?ちょっと心配です。
[PR]
by francesco-leica | 2010-12-27 23:10 | アジア旅行記 | Comments(6)

尾高、牧神

アジアフルート連盟日本本部のフルートオーケストラの本番が終わりました。
萩原さんの尾高、齋藤和志さんのソロの牧神の午後、もう、絶品でした。

終演後、こちらの主催の方のご招待を頂き、またまた上海的なごちそうの夜になりました。
四川風のキノコの炒め物がもうめちゃ辛くて辛くて最高でした。
ちゃんと唐辛子もガリガリと頂きました。ちょっと甘みのある唐辛子でした。

b0107403_1183549.jpg


いつも通り、ビールは薄い(笑)これはこれはいいのですけれど。

上海蟹の黒酢で炒めたのも美味しかった!野蛮に殼ごとぶっ壊してかぶりつきます。

さあ、明日は最終日!乗り切ります。
原稿書きももう少し・・・。
今回、おいしいものはたくさん頂けていますが、観光は全くする時間がありません。
ホテルと会場の間とその周辺だけ歩き回っています。

あまりの忙しさにとうとう肩こり頭痛ときて、通常だと風邪に突入なのですが、明後日夜に帰国してつぎの朝からもう仕事(本番)ですので、絶対風邪は引けないと思って、空き時間はホテルで静かに原稿を書いています。

この町はおもしろそう。またいつか来てみたいです。蟹食いにくるだけでもいいな。
そろそろ東京の澄んだ空が恋しいです。
[PR]
by francesco-leica | 2010-12-21 01:25 | アジア旅行記 | Comments(2)

ふう・・・

昨夜、上海音楽院大ホールでの指揮者さん活動が終了。
笛を持っていないと緊張しました。でもみなさん、よくやって下さって、楽しかった。
ニールセンのフルート協奏曲は結構複雑で難しいのですが、ソリストの方(中国人)もよく曲を分かっていて楽でした。感謝。

おいしいもの食べていますが、さすが、毎日2公演、疲れてきました。

b0107403_20193286.jpg


また蟹。蟹。

b0107403_2022354.jpg


毎朝ホテルで食べている絶品ワンタン。その場で茹でてくれる。

b0107403_20231754.jpg


蘇州麺の専門店で、本場のラーメンを食す。なかなか美味しい。

さて、これから演奏してきます。
[PR]
by francesco-leica | 2010-12-20 20:39 | アジア旅行記 | Comments(2)

上海

b0107403_147158.jpg


上海蟹です。
昨日から上海に来ています。

今日はすでに本番2回にリハ1回。大車輪です。
昨夜、中国10大レストランの一つという名店へ連れて行って頂きました。
いや・・・おいしかった。

このおおらかなうまさが、本場です。
茹でた蟹、とろけそうでした。

今夜も、おいしいものを食べました。二日連続の上海蟹です。
ぜいたく・・・?

でも疲れたし、よく働いたし、お許し頂きましょう。
[PR]
by francesco-leica | 2010-12-19 01:50 | アジア旅行記 | Comments(2)