デューラー「メレンコリアⅠ」解釈の迷宮 ハルトムート・ベーメ著 加藤淳夫訳 三元社
読了。 デューラーの「メレンコリアⅠ」。 昔から不思議に不思議に思っていた銅版画。小塩節先生のエセーにも触れられていた。 メレンコリア、メランコリー、これは憂鬱と訳すべきか、でも、全く憂鬱とはイメージの合わない、爛爛と光る覚めた強い眼差し。不吉なのか、吉兆なのか、光り輝く彗星。海。コウモリか?部屋中に散らばる工具や計測器具。不思議な絵の絵解き。 まあ、これはこれは凝った文体で読みにくい本だった。訳は大変に優秀だと思う、凝った文体はもとの文章の特徴だと思う。結局、よくわからなかった。(まあ、読む人間の知性がたかが知れているので仕方ない・・・) 文中で何度も引用される、フィレンツェの新プラトン主義の泰斗フィチーノは、辻邦生「春の戴冠」で、ボッティチェリの絵の精神と素晴らしい一致を見せる描写をよく覚えているのでここだけはすんなりと読むことができた。 末尾の訳者あとがきでの、補足説明で、やっとこの絵の説明を受けられた。このあとがきが素晴らしい! メランコリーと西洋藝術、というものに興味があります。 プーランクのフルートソナタの第1楽章、この表情記号はマリンコニコ(メランコリーに)なのです。 一体どういう気分だろう、と不思議でした。 メランコリーというものが、まずわかりません。所謂抑うつ状態とは違うように思います。 古代においては、怠惰とか不機嫌とか、悪いイメージのメランコリーでしたが、西洋藝術において、藝術とメランコリーというもの、あるいは天才とメランコリーという関係が深く捉えられた時期があり、内面的思考、狂気、天啓、さまざまなイメージがそれに加わったのだと思います。このあたり、もう少し詳しく知りたいと思います。 お薦めの本がありましたら、ご教示下さい。 今日は宇都宮小旅行。 半期の授業なので、この学生達ともあと数週間かあ、なんだか寂しいなあ。 みんなフルートすごく上手になってきました。
by francesco-leica
| 2012-07-13 23:46
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