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「我が祖国」を思う 雪降るウ゛ィシェフラド(高い城)にて

2006年3月5日にヤフーブログに投稿したものを再録。
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ウ゛ィシェフラドはプラハの中心部から地下鉄で5分か10分程で行ける古城跡である。

この場所はチェコ人とチェコを愛する全ての人、そして音楽ファンにとって特別な場所だ。
大昔、伝説の王妃リプシェが住んだ城、という言い伝えがあり、幻視者である彼女は、この地から未来の都、プラハの繁栄を予言したという。確かにこの城跡から北西を眺めると、丁度プラハ城とウ゛ィート大聖堂が見える。

チェコの聖地であり、この伝説は多くの文学、音楽作品に取り上げられた。
かのスメタナの交響組曲「マ・ブラスト(我が祖国)」は最初が「ウ゛ィシェフラド」で始まる。吟遊詩人がハープを奏で、太古の伝説、栄枯盛衰の物語を語る。

今回、指揮者の山田和樹くんと共に、このウ゛ィシェフラドに2度目の来訪を果たした。

この日は朝から寒く、地下鉄のウ゛ィシェフラド駅を降り立つとすごい雪であった。
前に来た時の記憶をたよりにハプスブルグ時代には要塞として改築された城跡を歩く。
要塞の門をくぐるまではなかなか感じの良い住宅地が続くのだが、プラハ市民にとっても、ウ゛ィシェフラドに住む、というのはなかなかのステータスなのではないだろうか。

ウ゛ィシェフラドはプラハ南方、ブルダウ゛ァの上流に位置するの丘であり、その西側はブルタウ゛ァ川に向かってせり出した崖、南も崖(さらに要塞として断崖絶壁に整備されている)、東が進入路だが、大きな堀があり、北のみ緩やかな斜面を形成する。特にブルダウ゛ァ川に対して抑えがきき、プラハ城と連携すれば大きな防衛効果を発揮する要衝となっている。想像通り、相当標高差のある崖の先端からブルダウ゛ァを望むのは絶景で、スメタナが「我が祖国」の2曲目、有名な「ウ゛ルタウ゛ァ」の最後で「ウ゛ィシェフラド」のテーマを高らかに鳴るなか、川がプラハに流れ込むシーンは実際にこの光景を見ると大いに納得できる。
プラハ、ブルタウ゛ァ、ウ゛ィシェフラド。この三つは地理的にも、精神的にも三位一体だ。

ウ゛ィシェフラドに近づくと、丘の突端にある、聖ペトロ聖パウロ教会の二つの尖塔が道案内をしてくれる。

雪は益々はげしく降ってくる、崖の上から雄大なブルタウ゛ァの流れを臨み、眼下の崖とブルタウ゛ァの間の細い道を、かわいい赤い市電が通っていくのを眺める。遥か昔、ここに王宮があったのだ・・・
リプシェの予言、そして聖ウ゛ァーツラフの伝説(祖国存亡の危機に際し、チェコ中興の祖ヴァーツラフ王が手勢と共に復活し、チェコを外敵から救う、という伝説、『我が祖国』の最後の曲のテーマ)にも関わらずチェコ民族は苦難の道を歩んだ。それでもチェコ人達がリプシェの伝説、ヴァーツラフの伝説を切なく思い続けた。その歴史の重みを考えて胸が締め付けられる感動を覚える。
チェコが好きになり、チェコの歴史を学んで後、「我が祖国」をもう涙無しには最後まで聞く事が出来ない。
5曲目の「ターボル」。民衆軍がジシカという片目の英雄と共にターボルの街に立てこもり、何度も敵を撃退するが最後は陥落する。霧の中、圧倒的なハプスブルグ軍を前に立てこもるチェコの民衆。悲劇の予感の中、曲の最後、暗く悲痛にヴァーツラフの伝説のテーマが流れる。チェコの民衆の血と涙がどれだけ流されても流されても、ヴァーツラフは現れなかったのだ・・・

最後の「ブラニーク」はヴァーツラフ王の手下の騎士達が眠るチェコ中部の丘の名前である。
曲の中では、伝説は成就される。「ターボル」の最後に短調で流れるヴァーツラフのテーマが長調で颯爽と現れ行進曲となる。コラール「汝らは神の戦士たれ!」が流れる。敵は破れ、チェコ民族の栄光が取り戻され、最後にウ゛ィシェフラドのテーマと、ブラニークのバーツラフのテーマが一緒になり壮大に終了する。

実際の歴史はどうだったのかと思うと、つらいのだ。ヴァーツラフは現れなかったのだ。プラハの春事件の時、大学生のヤン・パラフがソ連軍に抗議の自殺を遂げたのも聖ヴァーツラフの像の前だった。ヴァーツラフは沈黙していた。
1989年のビロード革命でついにチェコ人の手に国が戻った時、その先頭で戦った人の名が、その後大統領になるヴァーツラフ・ハウ゛ェルだったのは偶然だったのか?
私は「我が祖国」の5曲目を経た6曲目というのは勝利のがい歌ではなく、チェコ人の切ない願いの曲だと思っている。


ウ゛ィシェフラド訪問に話を戻す。大体あたりを一周してのち、静かに広場にたたずんでみる。今回ここに来たのには、一つの目的があった。
多くの音楽ファンが、ウ゛ィシェフラドに実際に立つと、あの「我が祖国」冒頭のハープの音が心の中に聞こえてくる。と証言する。ぜひそれを聞いてみたかった。

聞こえたような気もするし、実際にはやはり何も聞こえていないのかも知れない。
ただ静かに静かにその場に立ち、心と耳を澄ましてしばらくすると、吟遊詩人のハープ、栄枯盛衰の物語が静かに始まるような気がした。
考えてみると、この出だし、平家物語の最初「祇園精舎の鐘の声、盛者必衰の理をあらわす−」と似ていないだろうか?

その後、すぐとなりの英雄墓地でドボジャークやスメタナ、フィビヒ、クベリーク父子や大好きな指揮者アンチェルの墓参りを済まして、寒い寒い中、山田くんと遅い昼飯を食いにいった。
その日はその後、チェコフィルの定期演奏会が待っていた。



私は「我が祖国」が大好きだ。いつか全曲やってみたい。
チェコではよく、それぞれの交響詩を単独の作品として取り上げる。「ブルダウ゛ァ」だけでなく、「シャールカ」や、「ボヘミヤの森と草原から」なども演奏会でよくやる。良いアイデアだと思う。


写真はウ゛ィシェフラドの丘にて、聖ペトロ聖パウロ教会を臨む。
by francesco-leica | 2011-02-12 20:25 | チェコ特集


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